第16話 その人を好きになったのは、あなたと同じだったから
放課後、吹奏楽部の部室前。
荷物をまとめていた妃芽は、
ふと視線を感じて顔を上げた。
そこに立っていたのは、
生徒会の腕章をつけた男子——藤井渚だった。
「……あ、こんにちは」
「音無さん、ちょっとだけ話してもいい?」
渚の表情はやわらかく、けれどどこか芯のある目をしていた。
ふたりは中庭のベンチに座った。
「直接ちゃんと話すの、初めてですよね」
「だね。生徒会でも名前だけは聞いてたし、
あと……真悠のことでも」
妃芽は一瞬、微かに眉を動かした。
「真悠のこと……?」
「俺、彼女と今よく話すんです。隣の席で。
すごく表情が変わる子だなって思ってて」
「そう……」
「真悠って、自分の気持ちを飲み込むタイプじゃないですか。
誰にも迷惑かけたくないから、笑うんです」
渚の言葉に、妃芽の胸がズクンと痛んだ。
(……それ、私がずっと見てきた顔だ)
「でも」
渚は続ける。
「音無さんの前だと、たぶん、
笑い方が違ってたんじゃないかと思って」
「……どうしてそう思うの?」
「真悠が“誰かに一番本音を見せたのは、あなた”なんじゃないかって感じたから。
……なんとなくだけどね」
妃芽はゆっくり息を吸った。
「私は、真悠の本音に気づいてあげられなかった。
ずっと“友達でいなきゃ”って思って、踏み込むのが怖くて……
気づかないふりしてたのかも」
「でもそれって、“すごく大切だった”ってことじゃないですか?」
「……そうだね」
沈黙。
でもそれは、互いの中に“共通の想い”があるからこその静けさだった。
「俺、正直ちょっと悔しかったんです」
渚が言った。
「俺の知らない“真悠”を、音無さんが知ってるって思ったとき」
妃芽は驚いたように渚を見た。
「でも、それと同時に思ったんです。
“だからこそ、音無さんのことも知りたい”って」
「……なんで?」
「真悠を好きになったってことは、
音無さんと同じ目線で彼女を見つめたってことだから。
その人を好きになるのに、理由なんていらないでしょ?」
妃芽は、何も言い返せなかった。
けれどそのとき、
ふたりの間にあった“火花”は、
争いではなく、真悠という光を見つめるための熱に変わっていた。
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