第17話 隣に立つ、それだけのことが怖くて
文化祭の準備係を決めるHR。
真悠は、ただ目立たないところに入れればいいや、と
「展示係」に〇をつけた。
……まさか、
音無妃芽と藤井渚も同じ係になるとは、
そのときは思っていなかった。
放課後、展示係が集まる第2準備室。
窓際には太陽の光が斜めに差し込み、
どこか空気が、張り詰めていた。
「よろしくお願いします……」
妃芽が控えめに口を開き、
渚は自然な笑顔でうなずいた。
「展示物のレイアウト、担当一緒みたいですね」
渚は真悠に声をかけた。
「うん、そうみたい。……よろしく」
「……真悠、久しぶりに一緒に何かするね」
妃芽がぽつりとつぶやいた。
「……うん、そうだね」
お互い目を合わせられないまま、
3人の“作業”が始まった。
装飾アイディアを出し合う時間。
「このスペース、紙花とか吊るしたらどうかな」
「それ可愛いね、あと間接照明とか……」
「じゃあそれ、俺作ってみます」
会話はぎこちないながらも、
少しずつテンポを取り戻していく。
けれど真悠は、ふとした瞬間に妃芽と渚が言葉を交わすだけで、
胸の奥がザワついた。
(こんなふうに、私が知らない場所で仲良くならないでよ)
自分でも気づきたくなかった感情が、
静かに湧き上がってくる。
そして妃芽もまた、
真悠と渚の距離感に、目を伏せた。
(どうして、あの子の隣に私がいないんだろう)
それぞれが、
“見えないガラス越しに相手を見つめる”ような作業だった。
作業が一段落した頃。
「なあ、3人でファミレスでも食べに行きません?」
渚が、少し明るい声で言った。
「え、私も……?」妃芽が戸惑う。
「うん、せっかくだし」
「……どうする?」
真悠が妃芽の方を見た。
一瞬だけ、目が合った。
(こんなに近いのに、なんでこんなに怖いの)
(でも、逃げたらまた、終わっちゃう)
妃芽は、小さくうなずいた。
「……行こう、みんなで」
その返事に、真悠も少しだけ、ほっとした顔をした。
そして3人で並んで歩き出したとき、
それぞれの心にまだ名前のついていない想いが、
少しずつ形になりはじめていた。
「“好き”って言葉じゃ、まだ言えないけど」
ごはんを食べたあと、
3人で歩く帰り道は、
最初こそ笑い声が混じっていたけれど、
だんだんと、静かになっていった。
真悠は前を歩く妃芽の横顔と、
その後ろを歩く渚の足音を、同時に意識していた。
(どうしよう、なにこの空気)
でも、どちらかが喋らない限り、
この沈黙はずっと続きそうだった。
「……ねえ、真悠って、昔から文化祭好きだった?」
妃芽がふと声を出した。
「あ、うん。けっこう、ね」
「へぇ、意外」
「……妃芽こそ、苦手だったでしょ?」
「まぁ……うん。目立つのは好きだけど、団体行動はちょっと」
その言葉に、3人とも笑った。
空気が、少しだけ柔らかくなる。
「でもね、今年は……ちょっと楽しみなんだよ」
妃芽がぽつりとつぶやいた。
「真悠と一緒に準備するの、久しぶりだからかな」
真悠はその言葉に、足を止めそうになった。
(あんなこと言われたら、期待してしまうじゃん)
横を歩く渚は、それを聞いていた。
でも、何も言わなかった。
ただ、ほんのすこし視線を地面に落とした。
3人で駅前まで来たところで、
渚が「こっちなんで」と小さく手を振った。
「また明日、展示案の相談しましょ」
「うん、ありがとう」
「お疲れさま」妃芽も静かに答えた。
渚が見えなくなったあと、
真悠と妃芽だけが残った。
ふたりとも、なんとなく口を開けなかった。
でも帰る方向が同じだから、歩くしかない。
「渚くん、やさしいよね」
妃芽が言った。
「……うん」
「なんか、真悠が彼の隣にいるの、しっくりくる感じする」
「……そうかな」
「うん。私じゃなくて、真悠の隣が自然っていうか……」
その言葉に、真悠は足を止めた。
「……ねぇ妃芽、私が“誰かと仲良くしてる”の、気になる?」
妃芽は驚いたように目を見開いた。
「……うん、気になる。ごめん」
「じゃあ、私が妃芽と話してるときに、
渚くんが見てたらどう思う?」
「……それも、気になる」
しばらく、沈黙。
でも、その静けさは、
何かをこわさないように、慎重に守るような沈黙だった。
「私たち、面倒くさいね」
真悠が笑った。
「ほんと、それ」
妃芽も笑った。
でもふたりとも、
“笑ってごまかした”ことを自覚していた。
(ほんとはもっと、言いたいことあるくせに)
(まだ“好き”って言葉に逃げたくないだけで)
別れ道。
妃芽が振り返った。
「明日も、ちゃんと来てよ。展示係」
「……うん、行くよ」
「……真悠となら、ちょっとだけ素直になれそうな気がする」
それは、ほんの少しの予告だった。
この距離が、
もう一歩近づいてしまったら、
“戻れなくなる”ってわかっているからこそ、
ふたりは言葉を選びながら、
“まだ恋じゃない何か”を心に灯していた。
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