第5話 一番ひどい恋だった


吉見光助は、誰にでも優しかった。

体育祭の準備で部活が休みの日。

私は偶然、校門前で立ち話していた彼とすれ違った。

「高安って、笑うと雰囲気変わるよね」

そんな言葉をさらっと言える人で、

私はつい、「えっ…?」と戸惑いながら笑ってしまった。

(なんか、ドキッとした)

それがすべての始まりだった。

彼は、距離の詰め方がうまい人だった。

LINEも自然だったし、帰り道に合わせてきたり、

ふと「明日コンビニ寄ってく?」なんて聞いてきたり。

「真悠って名前、好きだな。なんか守りたくなる」

ああ、これは、恋なんだ。

彼と付き合い始めたのは、11月の最初の週末。

告白は向こうからで、私はそれを信じて、信じた自分にも少しだけ自信を持った。

だけど——2週間も経たないうちに、気づいてしまった。

彼の目が、たまに妃芽を追っていることに。

最初は偶然かと思った。

でも、妃芽と同じクラスの男子にそれとなく聞くと、

「え?吉見?あいつずっと妃芽ちゃん狙ってたけど、玉砕してたぞ?今は真悠ちゃんなん?意外~」

——頭が、真っ白になった。

(じゃあ、私は……?)

彼の“妃芽へのあこがれ”の“代わり”?

“妃芽に近づくためのステップ”?

そんなの、ひどすぎる。

だけど、決定的だったのはあの日だった。

冬の校舎裏、掃除当番を終えた後。

私は偶然、二人の会話を聞いてしまった。

「ほんとはさ、妃芽のこと、まだちょっと好きかもって思ってる」

「……やめなよ、私に言わないで」

「でも、真悠といると、妃芽に近づける気がしたんだよ」

妃芽の顔が、くしゃっと歪んでいた。

その声は小さくて震えていた。

でも私は——そこに立ち尽くすことしかできなかった。

その日、吉見からのLINEは無視した。

次の日、私は彼に一言も言わずに別れを告げた。

“好きだった”じゃなくて、“信じたかった”人。

でも、それは最もひどい裏切りだった。

それでも、妃芽は「ごめんね」と泣いた。

泣きたいのは、こっちだった。

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