第6話 重ねられた影
「……え、松藤くんって、妃芽と付き合ってたの?」
ある日ふと、里奈がぽつりと漏らした言葉に、私は思わず手が止まった。
知らなかった。
彼が妃芽の“元彼”だったなんて。
私が今、少しずつ心を開き始めていた人が——。
「しかもめっちゃ重かったらしいよ?妃芽、一時期メンタルやばかったしー」
その言葉が、ずっと耳の奥に残ったまま、私は帰り道の夕焼けの中を歩いていた。
松藤依与吏はバスケ部の先輩で、妃芽の元彼のひとり。
話しやすくて優しいけれど、その愛情は少し重く、時に妃芽を押しつぶしそうになる。
ある日の放課後、体育館の隅でふたりきり。
依与吏は真剣な眼差しで妃芽を見つめて言う。
「妃芽、俺はお前のことが本当に好きだ。だから、俺の全部を知ってほしい。逃げないでほしい」
妃芽は戸惑いながらも、彼の熱意に心が揺れる。
だが、その重さに時々押しつぶされそうになる自分も感じていた。
夜、電話越しの会話。
依与吏は何度も「会いたい」とせがみ、妃芽は素直になれずにいる。
彼の想いは真っ直ぐすぎて、重すぎて、時に息苦しくなる。
そんな中、依与吏が妃芽に言った。
「お前が俺のこと嫌いになるなら、全部忘れてくれ。だけど、俺は絶対にお前を離さない」
妃芽は涙をこらえながら、その言葉に揺れていた。
二人の関係は、深く、切なく、そして重かった。
愛情が強ければ強いほど、時に人は距離を求めてしまうこともあるのだと知る。
私の名前を呼ぶ声は、確かにやさしくて、あたたかかった。
でも、その“過剰なやさしさ”が、どこか“妃芽に向けられていた熱”の残り香のようで。
(私、また妃芽の代わりなんじゃないかって)
そんな考えが頭をよぎるたびに、心が冷えていった。
ある日の放課後、彼が言った言葉が忘れられない。
「妃芽みたいな人って、もう二度と現れないと思った。…でも、真悠が笑うと少し似てるんだ」
——その瞬間、私は、もう笑えなくなった。
私は、ただの“代用品”だったのかもしれない。
彼の“未練”を埋めるための存在。
そして私は、また妃芽の影をなぞっていた。
どうしても、妃芽の名前が、私の恋に入り込んでくる。
彼女が悪いわけじゃない。
でも、また私は“二番目”の場所にいた。
それが、苦しくて、悲しくて、そして何より——悔しかった。
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