エピローグ

「それにしても奏華ちゃんカッコ良かったなぁ~」


 翌朝登校すると、さっそく春ちゃんがうっとりした様子で昨日の話をしはじめた。


「マギ・ディリゲントだっけ? あの格好もかわいくてカッコ良かったけど……やっぱり指揮してるときの真剣な表情とかタクトを振る姿とか……カッコ良かった~」

「そ、そうかな? そんな風に言われるとちょっと照れちゃうかも」


 私は春ちゃんのべた褒めっぷりに人差し指でほほをかきながら照れる。

 だって、昨日は一度失敗したこともあって、とにかく必死だったんだもん。

 周りからどう見られてるかなんて気にしていなかったし。


「春乃、昨日帰ってからずっとこの話ばっかりなんだよ」


 私をひたすら褒める春ちゃんに、雪くんがふっくらした顔に苦笑いを浮かべる。でもその顔はすぐに不満そうな色を見せた。


「でも、いいなぁ。奏華ちゃんのカッコイイ姿、ぼくも見てみたかったよ」


 うらやましいとでも言いそうな様子に、春ちゃんがにっこり笑顔で話す。


「大丈夫だよ。これからは二人に協力するつもりだし、福雪も奏華ちゃんのカッコイイ姿見る機会はあるんじゃないかな?」


 仲良く会話する二人はすっかりいつもの仲良し双子姉弟だ。

 うん、やっぱり春ちゃんと雪くんはこうでなくちゃね。

 ニコニコと自然と笑みが浮かんじゃう。

 本当に、トリトナスを消滅できて良かったよ。

 そうしてほほえましく見ていると、教室のドアがガラッと開けられた。

 ふと見てみると、律がちょうど登校してきたところみたい。


「おはよ、律」

「ん? ああ、はよ」


 気安くあいさつを交わして、そういえばちょっと前までは律が来たら『げっ』とか言いそうになってたなって思い出す。

 だって、前は私への態度がすっごく悪かったし。

 でも、マギ・ディリゲントのことで関わっていくうちに優しいところも知って、少なくともキライではなくなったかな?

 なんて思っていたのも束の間。


「……なにニヤニヤしてこっち見てるんだよ」


 ムカッ


「ふつうに笑顔向けてただけでしょう!? ニヤニヤってなによ!?」


 前言撤回ぜんげんてっかい

 やっぱり律のこういうところはキライだ!

 たしかにちょっとは優しくなったかもしれないけれど、イヤな言い方するところは変わってない!


「そうだよ律くん。そこはちゃんと『かわいい顔』って言わないと」

「照れ隠しだとしてもそんな言い方したらゴカイされちゃうよ?」


 私が怒っているかたわらで、春ちゃんと雪くんがからかうように律につっこむ。

 すると瞬時に律の顔が赤くなった。


「なっ!? お、オレは奏華のことかわいいなんてっ!」

「ほら、『本当はかわいいって思ってる』って言わないと」

「律くんはかわいい奏華ちゃんのことが好きだもんねー?」


 お互いに顔を見合わせて「ねー?」と同意し合っている双子。

 その様子はいつものふわふわかわいい癒し系だけど、これは完全に律をからかってる。

 三人の様子を見て、私は律が私を好きとか有り得ないでしょ、とあきれていた。


「すっ!? そ、そんなことより! お前ら宿題終わってんのか!? 作文の提出期限、来週とはいえ月曜日だろ!?」


 からかわれている状況から抜け出したかったのか、律は明らかに無理矢理なごまかし方で話題を変える。

 けど、たしかに律の言う通り作文の宿題は急いだほうがいい状態だよね。今日は金曜日だし。


 作文の宿題、『将来の夢』かぁ……。

 春ちゃんは将来お父さんの跡を継ぎたいって言ってたけれど、望まれていないからって何を書こうか迷ってた。

 どうするんだろう? と思っていたこともあって、私は律の話題に乗る。


「私は指揮者の夢をかなえるって決めたからそのこと書こうと思うけど、みんなは何を書くの?」


 私の言葉に、律をからかっていた二人はちょっと真面目な顔になって答えてくれた。


「うん……わたし、お父さんの跡を継ぎたいって書こうかなって思ってるんだ」

「ぼくは建築士の夢を書こうと思ってる」


 なんでも、二人で相談して決めたんだって。

 二人のお父さんが雪くんを後継ぎにって考えているから言えなかったらしいけど、それぞれの夢を伝えることもしてなかったって。


「まずはちゃんと伝えてみないとねってことで、今回の作文でそれぞれの夢を書いてお父さんに読んでもらうつもりなの」


 ふわふわした笑顔の中に真剣さを見せる春ちゃん。


「春乃もぼくも、ヘンなとこで遠慮して言い出せなかったからさ」


 目じりを下げて笑みを浮かべる雪くん。

 仲の良い双子でも言えなかったことってあるんだな。

 でも、ちゃんと伝えあって夢に向かって頑張ろうとしてる二人を応援したいなって思った。


「私、二人のこと応援するよ」

「オレも、応援してる……わかってもらえるといいな」


 律も、二人を応援するって優しく声をかけてる。

 いいことなんだけど、二人への態度と私への態度がちがう律を見るとなんだかちょっと面白くない。


「……で? 律は作文何を書くの?」


 面白くないし、単純に気になったっていうのもあるからムスッとしながら聞いてみた。

 今現在もマギ・スティムメルとして頑張ってるみたいだし、そのまま仕事にするのかな?

 でもマギ・スティムメルのことなんて作文には書けないよね? どうするんだろう?


「オレ? オレは……ちゃんとは決まってないけど、音楽にかかわる仕事をしたいと思ってる」

「音楽にかかわる? 演奏者とかじゃなくて?」

「ああ……マギ・スティムメルとかやってるからか、演奏者とかよりそういう人を支える仕事をしたいなって」


 意外にも素直に答えてくれた律にちょっとおどろきながら、内容にはどこか納得した。

 支えるってことはそれこそ調律師とか、楽器職人とかってことかな?

 なんにせよ。


「じゃあ私、大人になってからも律にお世話になることがあるかもしれないね」


 向かう夢はちがっても、同じ音楽関係の道に進むんだ。

 無関係ってことにはならないと思う。


「まあ、そうかもな。……今も、これからも。お前を支えられるように頑張るさ」

「え?」


 まるで大人になってもずっと支えてくれるみたいな言い方にドキッとしてしまう。

 いや、まさかだよね。

 なんて思ってあえてスルーしようとしたのに、聞いていたホワホワ双子がつっこんじゃった。


「律くん、それプロポーズにも聞こえるよ?」

「ね? 聞いててぼくまでドキッとしちゃったよ」

「な!? そ、そういう意味じゃねぇよ!」


 二人の指摘に耳まで真っ赤になった律が叫ぶ。

 だよね。

 いくらなんでも大人になってからも、なんてことはないよね。

 ちょっとドキドキしそうになる胸を軽くおさえた私は、よし! と立ち上がって律に右手を差し出す。


「とにかく、もうしばらくはマギ・ディリゲントとして頑張るから、律もマギ・スティムメルとして私を支えてね」


 ちゃんとこれからもマギ・ディリゲントとして頑張るってまだ言ってなかったから、改めてそれを伝えた。


「あ、ああ……。そうだな、これからも支えるって約束するよ。奏華はオレのマギ・ディリゲントだからな」

「っ!」


 お、オレのって! 言い方!

 駆け足になりかけた鼓動をおさえたのに、一気にまた早くなってしまった。

 差し出していた手も「よろしくな」ってにぎられて、男の子らしいちょっと硬い手にまたドキッとしちゃう。

 しかも私を見る目は自信ありげな力強さがあって……。

 男らしくてカッコ良い笑顔に、顔が熱くなってきた。


「よ、よろしく」


 返事をしながら、ドキドキ早まる鼓動をごまかすように、私は心の中で文句を叫ぶ。

 なんなのよこれ! 息苦しくて困るんだけど!?

 手がはなされて、深呼吸でドキドキをおさえる。

 さっきよりも早くなった鼓動はなかなか元に戻らなかったけれど、深呼吸三回くらいでなんとか落ち着けた。

 そして、落ち着いたと同時に耳元で声が聞こえる。


『ワシも、出来る限りのサポートをするからの! これからもよろしくじゃ!』


 教室の中だから姿を現せないルーが、私にだけ聞こえるように声を届けたみたい。

 だから私もこっそり「うん、よろしくね。ルー」ってつぶやいて顔を上げた。


 目の前にいるのはマギ・ディリゲントになったことで守れた大事な友人たち。

 そして、マギ・ディリゲントになった私を支えてくれる……一応大事なパートナー。


 これからもよろしくね。

 もう一度心の中でくり返して、私は笑みを浮かべた。


END

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マギ・ムジーク! 緋村燐 @hirin

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