理想のバイオロイド

森村直也

理想のバイオロイド

 理想の女を作って欲しい。そう言って若き実業家はバイオロイドの開発資金をぽん、と出した。

 彼に伴侶は既にあった。気が強いが細やかな気配りの出来る女性で、元々は彼の秘書だったそうだ。仕事を後輩に譲り家庭に入った女性は、しかし、子供が出来ると母親になってしまったと実業家は嘆いた。

「私は伴侶を欲したのであって、子供の母親を望んだのではない」

 伴侶たる女性はというと、当たり前でしょう、と実業家に同席した面会時に宣った。

「子供がいれば母親になります。一番弱いものを守るのが親の役目でしょう」

 強い女性だ。実業家が子供を持てばこうなるだろう事は見越していた。それでも跡継ぎはいた方が良い。世間体があるから離婚はされまい。資産はある、最悪、放置されても養育費が得られれば育てていくのに問題は無い。父親の子育て協力がなくとも、保育士を頼むことだって出来る。全て計算したうえで、今三人目を身ごもっている。

「だから、理想の女性とやらを好きなだけ求めれば良いと思いますわ」

 そういうわけで、伴侶公認で『恋人』をつくることを請け負った。


 ボディはさほど問題は無かった。理想の体型をつくり出すことには勿論技術が要るが、最終形がわかっていればそこから先は行動あるのみ。胸は控えめ、尻は大きめ、病的な細さよりかは健康的な肉付きの手足、艶やかで日本髪の合いそうな黒長髪。

 問題は性格だ。内向的、外交的、華やか、落ち着き、従順さ、わがまま具合、何を以て理想と言うか。

「理想の女だ」

 実業家は繰り返す。

 担当Aは言う。僕の理想は大人しく優しい女性ですね。料理が上手であれば言うことはありません。

 担当Bは言う。私の理想は独立した女性です。私の好きにさせてくれる、時折叱ってくれるような強さも欲しい。

 担当Cは言う。俺はどちらかというと養われたい。つまり、俺の代わりに働いてくれる強い女性なら言うことないな。

 三人三様、バラバラである。だから我々は集合知に頼らざるを得なかった。


「勿論優しい女性ですよ。包容力があって、何しても起こらない。あ、道に外れた場合は叱って欲しいかな。たまにはね」

 ――包容力とはどうされることですか?

「だから、俺がバカやってもにこにこ『しょうが無いわね』って笑ってる感じ? あ、でも俺が浮気したら淋しそうにして欲しいなぁ。謝ったら『二度としないで。淋しくて死んじゃう』とか言われたい!」


「俺のことだけ見てくれる女だね。家庭に入って、遊び歩かない女だ」

 ――具体的には?

「そんなの察してよ。朝は優しく起こしてくれる。朝ご飯は温かい目玉焼きと丁度良い温度のカフェオレな。弁当を作ってくれて、仕事から帰ったら温かい夕飯。寝るときは俺より後。子供の育て方も上手くて、俺に似た子を産んで、俺に懐いた良い子を育ててくれる。理想だねぇ」


「僕にベタ惚れで明るい子だね」

 ――詳しく。

「僕、アウトドアとか好きなんだよねぇ。キャンプとか登山とか一緒に来てくれる子じゃないと。いつも明るくて楽しくなっちゃう子がいいな。話題が尽きないの。それでいて、僕が落ち込んでたら親身になって慰めてくれたり、僕がいないと楽しくない、なんて言ってくれたりしてさぁ


「ちょっと束縛されたいかなぁ。焼き餅焼きでさ」

 ――ほほぅ?

「私がちょっと遅くなるだけでも心配したり、浮気を疑ったり、休日は女性の影がないかをぴったり付いて見張っていたり。可愛いだろう?」


「ぼくを引っ張っていってくれる女性が理想ですね」

 ――引っ張る、とは。

「バイタリティがあって、自分でしっかり働ける人が良いです。ぼくはあまり働くのが得意じゃないので、なんだったら主夫します。仕事であった楽しいことを夕飯の時には話してくれて、ぼくはうんうんって聞くんです。疲れてソファーで寝ちゃうかも知れないですね。そうしたら毛布を掛けてぼくもそばで寝るんです」


 バラバラである。しかし、男を中心とした生活を送ることが出来、男を守り見つめる存在、という傾向が強いようだ。

 しかし、バイオロイドの人工知能の学習データとしてはまだ、足りない。

 男性から見た画一的な女性像だけでは足りないかも知れない。

 情報源を拡張し、更に我々は『理想』を追う。


「男性に交じって働いて、キャリアを重ねる人でしょう!」

 ――理想ですよ?

「勿論理想ですよ! 男の影のない、自立した女性ですよ!」

 ――なるほど。


「子供を犯罪者にせず、生きて全うに成人させられたらそれだけですごいし、理想だわね」

 ――え、え。理想?

「子供育てるのって大変なのよ」


「仕事、子育ての両立! 男に頼らない収入!」

 ――ほ、ほぅ。

「あー、引いてる! 引いてるけど、現実! わかる? わかりなさい!」


「男性と対等な関係を築ける女性ね。殴られたら殴り返せるぐらいで丁度良いわ」

 ――……なるほど(キックボクシングで有名なジムのロゴが入ったらTシャツを着ている女性だった)

「理想に向かって一直線よ!」


 勿論、我々が『納得』しやすい理想を掲げる女性もいた。


「プロの主婦。家のコンディションを保って、子供をちゃんと育てあげられる女性が理想ね」

 ――素晴らしい女性ですね。

「それだけの稼ぎを入れてくれる男性を捕まえられたらね」

 ――あっ。


 もちろん、紹介した以外にも膨大な量の『理想』のデータベースを我々は入手している。このデータを元に、実業家氏の『好み』も勘案した上で、バイオロイドの性格を整えるのだ。――性格とは外的表現である。どうされたいか、どうして欲しいか。中身のロジックは重要ではない。重要なのはアクションに対するフィードバックだ。学習データを教師データとして外的出力を調整する。ソレが、ディープラーニングの神髄である。


 年齢は希望の通り25歳とした。

 好みに最も近いと思われるボディに、最上級のバイオスキンを導入した。

 目鼻立ちは標準『美形』タイプの型から伴侶の女性を参考にしたカスタマイズを加える。一重の切れ長の目に、細すぎず太すぎない形の整った眉、小さな鼻に、小さな口。

 同人種だが、色白の肌。唇は桃色吐息。目は神秘的な黒。

 伴侶の女性から、和装が好きだという情報を得ていたから、引き渡し時は和装を選ぶ。落ち着いた訪問着の留め袖に、黒髪も和風に結い上げた。

 キリリとした目が美しい。理想を一つの形にした『女性』の完成である。


 そして。

「あらぁ」

 伴侶の女性は思いの外にこやかだった。

 女性にくっついた少年と幼女は、目を丸くしている。

 乳母車のそばに立つ保育士は、目を見張ったように見えた。

 そして、当の本人実業家は。

「あ……」

 口をパクパク動かしている。言葉にならない、といったところか。

『バイオロイド、刹那と申します』

 完璧な所作でお辞儀をする。後れ毛がふわりとうなじを滑った。

 開発側としても自信を持って出せる『女性』に仕上がった。

「素敵な恋人さんをありがとうございます」

 伴侶の女性はやはりにこやかで楽しげですらある。女性の足元の子供達はひそひそ話に興じている。

「お約束通り、残りの報酬をお約束しま……」

「待て!」

 割って入ったのは実業家だった。

「……」

 ママ、と言ったように聞こえた。

 我々全員、耳を澄ます。

「ママにならないで!」

 それはしっかり、悲鳴だった。


 後日伴侶たる女性から手紙を受け取った。

 男性が実母と撮った写真だという。


 ――バイオロイドと同じ姿形がそこにはあった。





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