第6話 セッカとミオ

 男の子からたずねられると、鳥はやたら低い声を上げて固まった。

 ミオ、っていうのは、この鳥の名前だろうか。私も名乗った方がいいのかな?

 あれこれ考えている間に、男の子が言葉を重ねる。

「そもそも、人がこちらに迷いこむのを防ぐために、分霊ぶんれいをあちらに飛ばしたんじゃなかったっけ?」

「ご、ごめんよセッカ。やっとこさ分霊をハギスの祠に飛ばしたとき、この嬢ちゃんを見つけてさ。必死で止めたんだけど、嬢ちゃんには伝わってなかったみたいで……そうこうしてるうちに、女王の網にかかっちゃってー……」

 鳥は羽ばたきながらごにょごにょと言う。心なしか、体が丸まっているようだった。彼の弁明を聞いた男の子は、目を見開いて、「ふむ」と顎に指をかける。

「急ごしらえの分霊だったから、意思の伝達能力がうまく備わらなかったのかな」

「そうかも。今は聞こえてるみたいだしー」

 男の子と鳥が、同時にこちらを見る。四つの目に見つめられた私は、おろおろしながら、記憶をひっくり返した。この鳥を初めて見たのは、ハギスの祠の前。そのとき彼は、かなりさわがしく鳴いていた。

「あ、あれって……私を止めてた、んですか?」

「そうだよ。『ここは危ない』『祠から離れて、帰って!』って何回も言ったのにー」

 うわああ……やっぱり!

「ご、ごめんなさい! ピー、ピーって鳴いてるようにしか聞こえなくて……うるさいなんて言っちゃって、ほんとにごめんなさい!」

 私はとっさに頭を下げる。しばらくだれからも返事がなかったので、恐る恐る顔を上げた。男の子と鳥は、困ったように顔を見合わせている。

「……確定だね」

「うええええ。伝わらないんじゃ、分霊を飛ばした意味がないじゃんかー。骨折り損のくたびれ儲けー」

 瑠璃色の鳥が羽を下げている。人間だったら、うなだれて膝をついているところだろうか。男の子は「まあ、実験のようなものだったし。しかたないよ」と苦笑していた。

 さっきから、よくわからない言葉ばっかり出てくる。おまけに鳥はしゃべるし、男の子は何者かまったくわからないし。彼らは納得しているけれど、私の頭はこんがらがっていた。

「あ、あの」

 考える力を使い果たした私は、大声を上げてしまった。びっくりした様子の男の子と鳥を見て、あわてて声を小さくする。

「あなたたちはだれで、ここはどこですか? 女王様がいるってことは、どこかの王国? でも、陽光の国の近くに女王様が統べる国なんてないはずで……」

 一度口を開いたら、もう止められない。思いついたことを次々ぶつけてしまった。男の子が困ったように眉を下げたのを見て、あわてて口を押さえる。

「あっ。ご、ごめんなさい」

「大丈夫、気にしないで。いろいろ聞きたくなるのは当然だよ」

 苦笑いした男の子は、ぼんやりと光る森をぐるりと見回した。

「順を追って説明しよう。……ただ、その前に、場所を変えた方がいいね。また襲われるかもしれないから」


 私は、男の子と鳥について、森を歩いた。知らない人についていくのはまずい、とも思ったけれど、この状況では彼らについていくしかない。一人で残っていても、あのきらきらした狼に食べられるだけだ。

 木々の間に身を隠す。座りこんだ私の前で、男の子がかがんだ。

「まずは自己紹介をしなくちゃね。僕はセッカ。こっちのうるさ――にぎやかな鳥はミオという。よろしくね」

「うおおいセッカ! 今うるさいって言おうとしなかった!? うるさいって!」

 ほほ笑んだ男の子――セッカさんの耳元で、鳥――ミオがさわぎ立てる。セッカさんはその声を、涼しい顔で聞き流していた。

 私は呆然としてそのやり取りを見ていた。けれど、じわじわとおかしさがこみ上げてきて、つい笑ってしまう。目と口を開いて固まった二人に向かって、手を挙げた。

「えっと……すみません。私はナズっていいます。陽光の国、マセナの町のナズ」

「ナズか。いい名前だ。よろしくね」

 どきり、と胸が高鳴った。そんなふうに言われたの、初めてだ。

「よ……よろしく、お願いします」

 私が頭を下げると、セッカさんもお辞儀を返してくれる。その後、立ち上がって、木の幹にもたれた。

「さて。『ここはどこか』という話だけれど」

「はい」

「ここは、あなたがさっき言った通り、『女王』がつくった『国』だ。だけど、大陸に実在する国じゃない」

 どういうこと? 国だけど、実在する国じゃない?

「正確には、女王を名乗るアマノネ使いが作り上げた『幻影の国』。言うなれば、それっぽく飾りつけをした檻だね。それも、国ひとつ入れられるほどの巨大な檻だ」

「檻の入口を大陸のあちこちに開けておいて、近づいた人たちをどんどん引きずりこんでるんだよー。セッカもワイもあんさんも、まんまと引っかかっちゃったわけだね」

 ミオが羽をばたつかせながら付け加える。セッカさんがふっと笑って、「まあ、僕らは自分から踏みこんだんだけど」とつぶやいた。

 自分から? なんでそんな危険なことを? ……いや、今気にしなきゃいけないのは、そこじゃない。

「ということは、マセナからいなくなった子たちも、ここにいるってことですか? セッカさんたちは、居場所を知ってるんですか?」

 セッカさんとミオは、顔を見合わせる。飛び出したミオが、私のまわりをくるくると飛んだ。

「最近、人が引きずりこまれたのは知ってたけど、どこのだれかまでは知らないんだよー」

「そうなんですか」

 私はミオの動きを追いかけながら、相槌を打つ。わー……目が回る。

「もしかしてナズは、その子たちを探しにきたの?」

 少し冷たい声が響いた。私から離れたミオが、セッカさんの肩にとまる。そのセッカさんは、わずかに目を細めていた。

 怒られるかと思いながらも、私は正直にうなずく。そして、これまでのことを打ち明けた。

 ふたりは静かに聞いてくれた。私が森で目覚めたところまで話し終えると、セッカさんがゆっくりと口を開く。

「事情はわかった。けど、一人で行方不明事件の現場に出向くなんて、危険すぎるよ」

 うっ。ごもっともだ。

「ご、ごめんなさい」

 縮こまった私を、セッカさんは厳しい表情で見つめてくる。

 重い空気を、羽ばたきの音が打ち破った。

「セッカも人のこと言えないでしょー? 生きて帰れる保証もないのに、この国に踏みこんだんだから」

「……僕はここがどういう場所かわかった上で入ったんだから、彼女とは違うでしょう。それに、ミオが一緒じゃないか」

「ワイはアマノネとツチノネに敏感なだけで、戦えないんだよー」

「……それはそうだけど」

 セッカさんが口をとがらせる。そうしていると、学舎の男の子たちみたいだ。

 眉間にしわを寄せていた彼は、咳ばらいをひとつして、上半身を起こした。

「話を聞く限り、マセナの子たちは、ここに引きずりこまれた可能性が高い」

「いるとしたら、女王の宮殿だろうねー」

 息を止めそうになった。――私の質問に答えてくれてるんだ。

「宮殿もあるんですね」

「うん。この森を抜けた先にね」

 すらりとした指が黒い森を示す。鼻のあたりに力をこめた私を、色違いの瞳が見つめた。

「その子たちがいなくなったのって、いつ?」

「えっと……九日くらい前、です」

「九日前か。ぎりぎり無事かな」

 ほんとに? と叫びかけて、こらえる。そんな私とセッカさんの前を、ミオが行ったり来たりしていた。

「そうだねー。魂をとりこむのには、時間がかかるから。子供が何人もここになら、九日やそこらじゃ食べきれないよ」

 魂をとりこむ? なんだろう。

 私の表情から疑問を読み取ったのか、セッカさんが付け足した。

「女王が人々を『国』に引きずりこむのは、彼らの魂を自分の中にとりこむためなんだ。ほかの命の力を自分のものにすることで、より強いアマノネ使いになろうとしている。昔からある、禁忌の術の一種だね」

 彼の話は壮大で、半分も理解できなかった。けれど、このままじゃみんなが危ない、っていうのはわかる。勢いよく立ち上がった。

「い、急がないと」

「――ちょちょちょちょ!」

 ミオが全力で羽ばたく。

「ナズが行くの!? 危ない危ない!」

 セッカさんも無言でうなずいた。また空気が張りつめたけれど、私は全身に力をこめて、ふたりを見すえる。今回ばかりは、退きたくない。

「心配してくれて、ありがとうございます。でも、私、みんなを見つけたいんです。ここにいるなら助け出して、全員で元の場所に帰りたい」

 行かせてください、と頭を下げた。

 セッカは、腕を組んで考えるようにうつむく。それから、短くため息をついた。

「わかった。それなら僕らも行く」

 予想もしていなかった答えに、私はすばやく頭を上げた。ミオも「びぇっ!?」と羽をぴんと張っている。

「いいの、セッカ!?」

「どうせ僕らも宮殿へ行くんだから、一人増えても一緒でしょ?」

「そうじゃなくて! ナズを連れてくのかってことだよ!」

「放置するくらいなら、連れていく方がましだよ。この国に安全な場所なんてないんだから」

「そりゃそうだけどさあ」

 ミオが弱々しく空を叩く。さっきと立場が逆転していた。そのやり取りを見ていると、自然と頬がゆるむ。セッカさんたちが一緒に来てくれるならすごく心強い。

「ありがとうございます!」

 もう一度頭を下げる。さっきより、深く。すると、白い手が差し出された。

「改めて。よろしくね、ナズ」

「――はいっ。よろしくお願いします」

 私は震える手でその手をにぎり返す。頭上でミオがにぎやかに飛び回った。

「敬語、使わなくていいよー」

「なんでミオが言うのさ。――まあ、僕も言うつもりだったけどね」

「わ、わかった!」

 お腹に力を入れて答えると、ふたりは温かく笑った。

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