第5話 輝く森
ちりん、ちりん。鈴を振るような音がする。
ああ……これはアマノネだ。ぐっと冷えこんだ夜とか、冬の早朝とかには、こんな音がするんだよなあ。
そう思うと、ちょっと寒い気もする。おかしいな。そんなに冷えこむ季節じゃないのに。
「う、ううっ……」
なんでもいい。かけるものはなかったっけ。手を伸ばして探ってみるけれど、布の切れ端すらつかめない。それどころか、触った場所はかたくてざらざらしていた。
私、どこで寝たんだろう。思いながら、目を開く。乱れた長い黒髪と、土で茶色く汚れた手が目に入った。
その瞬間、記憶が濁流のように流れこむ。
そうだ、私、祠の前でアマノネを聞いて、変なきらきらに包まれて――
「――ここ、どこ?」
あわてて起き上がる。あたりを見回して、言葉を失った。
そこは知らない森の中。見たことのない木々や植物が生えていて、そのすべてが青色や銀色に光っている。いや、あの木は……実物は知らないけど、本で見たかもしれない。
「え、っと……なんだっけ。針葉樹、だっけ?」
つぶやいたとき。また、鈴のようなアマノネが響いた。聞き覚えのある翼の音も。
「嬢ちゃーん! 走れええええ!」
耳を突き刺すような絶叫。それに驚いた私は、文字通り飛び上がった上に、地面を転がった。そのとき、さっきまで私がいた場所にきらきらしたモノが突っ込んでくる。よく見ようと顔を上げて、そのまま固まってしまった。
そこにいるのは、狼。しかも、体がきらきら輝いている。まるで動くガラス細工だ。その狼は、背中を丸めて私をにらんでいる。
「ひっ――」
喉が引きつる。空気が細く、高く鳴る。
噛まれる。食べられる。逃げなきゃ。でも、動けない。
狼の口から、金属をこすり合わせるような音が漏れる。そのとき、青い影が割りこんできた。
「うりゃりゃーっ! 女王の手先め! これ以上子供に手を出すんじゃなあああい!」
翼が広がる。幼い男の子のような声が響く。
姿かたちはクロウタドリで、毛色はさながら西の海。――声は、その鳥から聞こえている。
「うそ……。鳥が、しゃべってる……?」
私がぽかんとしていると、鳥はまた羽ばたいた。
「何ぶつぶつ言ってんのさ、嬢ちゃん。そんなことよりとっとと逃げな!」
「え、あ……で、でも……」
私がためらっている間にも、鳥はきらきらの狼に向かって威嚇の姿勢を取っている。――狼を引きつけようとしてくれているんだ。私が迷っている場合じゃない。
深呼吸して、立ち上がる。こわばった手足を動かして、走った。はたから見ればよろけているようにしか見えないだろうけど、これでも必死だ。
とりあえず木立に逃げこもう。そう思っていたとき、背後で金属をぶつけあったみたいな音がした。
「ぴぎゃーっ!」
「と、鳥さん!?」
私は思わず振り返って――後悔した。
狼がずんずんと迫ってくる。虹色に光る目が、確かにこちらをにらんでいた。
狼が足をたわめる。私はあわてて逃げ出した。でも、逃げきれない。そう直感した。
後ろから噛みつかれる痛みを想像して、目を閉じる。――けれど、覚悟した痛みはやってこなかった。
「やいやい! やってくれたなギラギラわんこー!」
どす、と鈍い音がした。恐る恐る振り返る。狼が、瑠璃色の鳥をうっとうしそうに振り払ったところだった。「ぴぎっ」と鳴いた鳥は、また吹き飛ばされたけれど、懲りずに狼へと突進する。
「鳥さん……なんともないの!?」
「へっへん。丈夫なのがワイの取柄だよ」
狼が前足を振りかざす。鳥は危ないところでそれを避けた。次の噛みつき攻撃も、上へ飛んでかわす。そんなやり取りが、何度も続いた。
「でも、さすがに、こうもしつこいと……きびちい!」
鳥が文句を言ったとき。いらだった様子の狼が、全身の毛を逆立てた。
「な、ななな何……?」
「きゃーっ! やばいやばい!」
悲鳴を上げた鳥は、すばやく首を回した。ぷるぷる震えながら、くちばしを動かす。
「セッカー! ここだよ、ここー!」
叫び声が、そこらじゅうに響き渡ったとき。
かすかなアマノネが聞こえた。さっきの音よりもっと繊細で、きらめくような、音。
それと同時に、狼の背後から人影が飛び出す。その人は剣を振り上げて、狼の頭に叩きこむ。陶器が割れるような音がして、狼が悲鳴を上げた。
同時、狼の足もとから青白い光があふれる。光はあっという間に狼を包みこんで、消えた。
「どういう、こと?」
これじゃあまるで、幽霊だ。あの狼は、一体なんなの?
ぼうっと考えこんでいた私の前に、瑠璃色と白の毛を持つ鳥が下りてくる。羽とくちばしをせわしなく動かしていた。
「セッカ! 助かったー!」
「ごめん、ミオ。遅くなった」
鳥の向こうから知らない声がする。私はまじまじとその方を見つめた。さっきまで狼がいた場所に、人が立っている。
銀色の髪の男の子。ちょっと長い前髪を髪留めでまとめている。年齢も背丈も、たぶん私と同じくらい。刺繍入りの白いマントを身に着けて、腰に剣を佩いている彼は、私たちをじっと見つめてきた。
その瞳は、左右で色が違う。右が青色。左が紫がかったピンク。ひきつけられるような美しさだった。
「ところで……その子はだれ? なんでミオと一緒にいるの?」
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