第4話 ハギスの祠と瑠璃色の鳥

 私たちの思いに反して、七日が過ぎてもエミーネさんたちは見つからなかった。学舎の子たちの話題にはのぼらなくなったけれど、不安と悲しみは大きくなっているみたいだ。

 大人たちも、それは同じ。毎日、学舎や役場の前に見覚えのある大人たちがやってきて、せめて子供たちを見つけ出してほしい、と訴えている。

 学舎からの帰り道。町は、変わらないように見えて、なんとなく暗いように感じる。談笑している女の人の声も、猫の声や荷車の音さえも。自然と、私の足取りも重たくなった。

 でこぼこ道を歩いていると、だれかのひそひそ話が流れてくる。

「ハギスに行ってた捜索隊、戻ってきたんだって?」

「ああ。今日も収穫なしみたいだ」

「ううむ。そっかあ」

「そろそろ捜索を打ち切るような話も出てたな」

 足が止まる。髪をひっぱられたみたいに。

 私に気づいていない大人たちは、変わらず話し続けた。

「早すぎないか?……でも、しかたがないか。ハギスでの失踪事件なんて、昔っから山ほど起きてるから」

「ひとつひとつに時間をかけてたら、きりがないよな。ひょっこり戻ってくる奴もいるし、いったん待ってみるのも――」

 ――話は、まだ続いていた。けれど、私はそれ以上聞かなかった。聞けなかった。

 走る。土を蹴飛ばして、行き来している大人たちを避けながら、走る。

 なんだそれ。なんなんだ、それ。

 捜索を打ち切り? もう探さないってこと?

 エミーネさんや学舎の子たちは、見捨てられたの?

 一か月とか、一年とか、長く捜して見つからなくて、もう無理って言われるなら、まだわかる――納得できるかどうかは別として。

 でも、まだ七日しか経ってない。それなのに、もうあきらめるなんて、そんなの。

「そんなの……いやだよ……っ!」

 自分では、叫んだつもりだった。けれど、聞こえた声は震えて、かすれていた。

 涙がにじむ。息が苦しい。それでも足を止めなかったのは、走ってないとどうにかなりそうだったから。

 家が見えて、鉢合わせたお母さんに心配されるまで、立ち止まることはできなかった。


 役場から捜索打ち切りのお知らせがあったのは、翌日のことだった。


     ※


 青い空のまんなかで、白い太陽が輝いている。町のいたるところに植えられている木の葉が、うちの前でも光を受けてレモン色に輝いていた。

 家から飛び出した私は、花柄の布を首に巻く。学舎にいくとき、髪をまとめていた布だ。

 それから、戸口でせかせかと動いているお母さんに向かって、手を振った。

「いってきます」

「いってらっしゃい。暗くなる前に帰ってくるのよ」

「はあい」

 声を張って返事をし、家に背を向けて駆け出す。大きな道をしばらく走ったところで、一度足を止めて、少しせまい横道に入った。

 今日は、学舎がおやすみの日。いつもなら、家の仕事をやりながら、空いた時間は町にやってくる鳥をながめて過ごす。けれど、今日はいつもより早く起きて、早くに私の分の家事を終わらせた。――ハギスの祠に行くために。

 もちろん、お母さんには本当の目的を伝えていない。「外で遊んでくる」と言ってある。怪しまれないように、わざと市場の方向へ歩いて、途中で違う道に入った。遠回りだけど、行く前に止められるよりはましだ。

 私一人でみんなを探し出せるとは思えない。でも、何かしたかった。あきらめるにしても、せめて自分の目で『何の手がかりもない』ことを確かめたい。

 ……ううん、きっと認めたくないだけだ。もしかしたら友達になれるかもしれないあの子に、二度と会えなくなったんだと、あきらめるのが嫌なんだ。

 坂道を上ったり下ったり、何度か角を曲がったりしながら走っていると、ほっそりとした道の先に柵が見えてきた。マセナの町に城壁はない。この柵が、町と外を区切っている。

 柵はそんなに高くない。私くらいの子供なら、少しがんばれば乗り越えられる。私は柵にへばりつくようにして乗り越えて、どうにかこうにか町の外へ踏み出した。なんだか、これだけですごく疲れた気がするけど……止まるには、まだ早い。

 マセナの外は、土の茶色と背の低い草の緑におおわれている。大きな木は、少ない。その中に、蛇のように走る線が、人の足で整えられた道だ。

 記憶をたどりながら進む。途中で枝分かれした道の一本に踏みこむと、背の低い木が見えてきた。

「あ、シェメの木」

 その木は春のはじまりに花を咲かせて、今の時期につやつやとした深紅の実をつける。生で食べるとすっぱいけど、お料理に使ったりジャムにしたりすると美味しいんだ。

『戻ったら、ナズさんにもシェメの実を分けてあげるね』

 エミーネさんの言葉を思い出して、私は木々を見つめた。宝石みたいな実がたわわに実っているけれど、いくらか人の手でもいだ跡がある。

 いなくなったみんなが、ここを通ったのかな。想像したら、ちょっぴり鼻がつんとした。

 いけない。泣いてる場合じゃない。

 目もとをぬぐって、頬を叩く。

「よし、行こう」

 ゆっくりと歩きながら、私は土の上やくさむらを注意深く観察した。ちょっとした手がかりも見逃さないように。――でも、何も見つからない。大人たちが七日間探して何も見つからなかったんだから、当たり前なんだけど。

 そうこうしている間に、小さな祠が見えてきた。

 肩に力が入る。意識して、ゆっくり息を吐きだした。

 ハギスの祠。石の柱に小さな家が乗っかってる感じで、見た目だけならかわいらしい。だけど、木と岩に隠れるようにして立つ様子は、ちょっとぶきみだ。

 あんまり長居しちゃいけない。頭ではわかっているのに、祠から目が離せなかった。

「神様。みんなを連れていっちゃったんですか?」

 もし、この祠に人をさらうような神様がいるのなら、何か答えてくれるんじゃないか。そんな期待をおさえきれなくて、つい、声をかけた。

 そのとき。低い低い、笛のような音がした。

 私は、はっと顔を上げる。全身に、勝手に力が入った。

「かみ、さま……?」

 違う。アマノネだ。でも、何かおかしい。

 今日の空は、雲のかけら一つもない、すみ切った青色。風は乾いていて、ときどき砂と草のにおいがする。こんな日のアマノネは、いつも高くてきれいだ。なのに、今日の音は全然違う。

「どうして――」

 私がおろおろしている間にも、低い音は響きつづける。

 耳の奥が痛い。――怖い。

 じりじりと祠から距離をとったとき、アマノネに対抗するかのように、バサバサと乾いた音がした。びっくりしすぎて転んだ私の目は、勝手に祠の上を見ていた。そこにいたのは――

「鳥……?」

 体の形はクロウタドリに似ている。けれど、色は全然違う。美しい瑠璃色と白の毛。くちばしと両目は、月のない夜空を閉じこめたみたいだ。

 その鳥は、必死で羽ばたきながら、甲高い声で鳴いている。何かを伝えようとしているみたいだけれど……あいにく、私に鳥の言葉はわからない。アマノネと鳴き声が混ざり合って、くらくらしてきた。

「う、うるさい……!」

 つい、両手で耳をふさいでしまう。

 地面が揺れている気がする。

 祠が、木々が、空がぼやけて。視界がきらきらしはじめた。

 ……あれ? なんかおかしい。これ、私の錯覚じゃ……ない?

 きらきらが増える。世界が真っ白になる。

「ちょっと、待――」

 手を伸ばす。意識が薄れゆく中、また甲高い叫び声を聞いた。

「うっきゃああああ! やばいやばい、嬢ちゃん見失っちゃう!」

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