第3話 いなくなった子供たち

 翌日。いつも通り学舎に行く準備をしていたのだけれど、お母さんに止められた。

「しばらく学舎はおやすみだって。――さっき、先生が知らせにきてくださったわ」

「え?」

 私は、勉強道具が詰まった鞄を持ったまま、固まってしまった。

「な、なんで?」

「学舎に通ってる子が何人か、家に帰ってきていないんだって。悪い人にさらわれた可能性もあるから、子供はしばらく家から出ちゃだめ、って」

 お母さんの説明に、はっと息をのんだ。ふわふわの金髪の、リスみたいな女の子の顔を、また思い出す。

「その子たちって……祠の方に行くって言ってた子たち……?」

 思わずたずねると、パンをお皿に載せていたお母さんは、手を止めた。

「そこまで詳しくは聞いてないけど……ナズ、何か知ってるの?」

 しまった、と思ったけれど、もう遅い。私は観念して、エミーネさんのことを打ち明けた。静かに聞いてくれたお母さんは「そう」と目を伏せる。

「もしかしたら、ナズの言う通りかも。……早く見つかるといいね」

「……うん」

 私はうなずいて、食卓の前の絨毯に座る。朝食のいいにおいが漂ってきても、気分はちっとも晴れなかった。

 それから三日間、学舎は休みだった。私は家の手伝いをしたり、お母さんの仕事を見学したりした。

 お母さんが仕事をしているところを見る機会なんて、めったにない。普段であれば、身を乗り出して観察していたところだ。なのに、今回はそんな気分になれない。お母さんが手紙を書く姿を見ていても、エミーネさんのことばかり考えてしまって、全然集中できなかった。

 四日目。学舎での授業が再開した。私たちはそこで、『事件』について知った。

 ――やっぱり、いなくなったのは祠の近くへ出かけた子たちらしい。エミーネさんもその中に含まれていた。みんな、まだ見つかっていない。でも、悪い人にさらわれた証拠もまったく見つからなかったので、学舎を開けたのだそうだ。

「みんな、どこ行っちゃったのかな」

「神様にさらわれちゃったんだ……!」

「そんなわけねえじゃん。神様なんて、ただのだろ」

「でも、神様のしわざじゃなかったら、何のしわざだよ?」

 友達がいなくなってしまった子は、みな不安そうだ。中には机に突っ伏して泣いている子もいて、まわりの子が一生懸命なぐさめている。私はそれを、遠巻きに見ていた。

 何も思わないわけじゃない。彼らのことは気になるし、私だってエミーネさんのことが心配だ。でも、こういうときには息をひそめていなくちゃならない。だって――

「もしかして、ナズが何かしちゃったとか? エミーネと最後に会ったのって、あの子なんでしょ?」

 ――こういうことになるから。

 教室の子たちの視線が、いっせいに私の方へ集まる。私は、力なく首を振った。

「……違うよ。確かに、町でエミーネさんと会ったけど……」

「ほらね!」

 茶色い髪をお団子結びにした女の子が、なぜか得意げに言う。

「教えなさいよ。みんなをどこに連れて行ったの?」

「あーあ。きっとアマノネを操って、みんなを隠しちゃったんだ」

「悪いことに力を使っちゃだめなんだぜ。母ちゃんに習わなかったのかよ」

 無責任な言葉は、小さな教室にあっという間に広がる。

 私は、だまって下を向いた。こうなったら、だれも私の言うことなんて聞いてくれない。私にはアマノネが聞こえるらしい、と変に知られているせいで、奇妙なことが起きると一旦は私のせいにされる。

 でも、いいんだ。私のせいだって、わかってるから。アマノネに振り回されてぼーっとしたり、変なことを言ったりしちゃう私が悪い。

 だから、みんなの気が済むまで、何も聞かないし、言わない。そう決めている。

「よしなよ」

 ざわついている教室に、静かな声が落とされた。

 私は顔を上げる。みんなはそろって振り返る。

 教室の一番後ろの席に座っている、黒髪の男の子が、教室じゅうをにらみつけていた。

「証拠もないのに人を疑うのはだめだろ。それこそ、親父やおふくろに習わなかったのか?」

 お団子結びの女の子が、眉をつりあげる。

「証拠ならあるでしょ。エミーネと会ったって――」

「会ったってだけで、祠の近くにまでついていったわけじゃないんだろ? そんなの、証拠にならないよ。ただの言いがかりだ」

 ぴしゃりと言い返されると、女の子はしかめっ面でだまりこむ。ほかの子も、気まずそうに視線をそらした。一方の私は、男の子をまじまじと見つめてしまう。

 そんなとき、教室にアラナ先生が入ってきた。

「カヤトさんの言う通りですよ。捜索や推理はえらい人たちに任せて、みなさんはお勉強をしましょう。ね?」

 アラナ先生はいつものようにほほ笑んで、みんなを見る。けれど、そのほほ笑みには、反論を許さないような、強い力がこもっていた。

 やわらかな一喝のおかげで、私を含む生徒たちは、授業中ずっとおびえることとなった。



 授業が終わってすぐ、私は黒髪の男の子――カヤトくんのところへ行った。震える足を叱咤して、すくむ心をはげまして、口を開く。

「あ、あの」

 声をしぼりだすと、カヤトくんは不機嫌そうにこちらを見てくる。私はつい身構えてしまった。けれど、目の前の彼は怒らず、「何?」とだけたずねてくる。

 私はためらいながらも息を吸って、なんとか言うべきことを言った。

「さっきは、ありがとう」

 カヤトくんは何度もまばたきした。それから、ああ、とこぼして頬杖をつく。

「別に、礼とかいいよ。思ったことを言っただけだし」

「思ったこと……?」

「そ。エミーネからナズの話はちょくちょく聞いてたからさ。アマノネで友達を隠すなんて、ふざけたことする奴じゃないだろって思った。そんだけ」

 今度は、私の方がぱしぱしとまばたきする番だった。なぜか不機嫌そうなカヤトくんの顔を、食い入るように見てしまう。

「えっと……エミーネさんとまともに話したのは、この間が初めてだったんだけど」

「だろうな。でも、エミーネは気にしてたよ。『今日のナズさんはなんだか眠そうだね』とか『今度、遊びに誘いたいんだよね』とかって」

 途中で声が少し高くなるのは、エミーネさんの声まねのつもりだろうか。うっかり笑いそうになった私は、けれどすぐに別の思いにのみこまれて、うつむく。

「そう、だったんだ」

 ふわふわと笑う、リスみたいな女の子。彼女が、私のことをそんなに気にしていたなんて――全然、気が付かなかった。

 あの日の彼女の様子を思い出そうとしたとき、まったく別のことが思い浮かぶ。私は顔を上げて、むっつりと教室をながめている男の子を見た。

「カヤトくんは、エミーネさんと仲がいいの?」

 つい、たずねてしまう。カヤトくんは軽く目を見開いた後、唇をとがらせる。

「仲がいいっつーか……。家が近いから、自然とつるむようになってただけだ」

「幼なじみってやつ?」

「まあ、そんな感じ。おっちょこちょいで、そのくせ自由ほんぽーで、何考えてるのかわかんねえ奴だけど。いなくなって帰ってこないのは、落ち着かないな」

「……うん」

 カヤトくんのつぶやきが、私の頼りない相槌が、まるでいつも通りのような教室に落ちる。みんな、好ききにおしゃべりしているから、私たちの会話は気にもとめていない。

 にぎわいの中に潜りこんだ私は、乾いた空気を吸った。

「無事に帰ってきてほしいね」

「……ん」

 ぼそりと答えたカヤトくんは、さびしそうで。けれど、優しくほほ笑んでいた。

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