第3話
第7章 契約の代償
「沙耶香さん、すみません」
田中悪魔は、いつものおどけた調子を消し、スーツのネクタイを緩めながら真剣な表情を見せた。
「地獄から正式に警告が届きました。人間界での活動における”逸脱契約”の可能性があると……つまり、“本来の契約に沿って魂を徴収していない”と。」
「魂? ちょ、ちょっと待って。そんなの一度も契約してないし!」
「ええ、まあ、形式上は……でも」
田中は、ポケットから一枚の紙を取り出した。それは、焦げ茶色に焼け焦げたような、古びた契約書だった。
```
契約者:佐々木沙耶香
願望:他者に好かれる力を得たい
代償:魂の使用権を悪魔側に委譲
署名欄:SA・YA・KA
```
「あなた、最初の儀式で”我が名は沙耶香”って言いながら魔法陣にサインしてましたよね? あれ、正式な署名になります」
「え……あれって”演出”のつもりだったのに!」
田中は重いため息をつきながら言った。
「危険な言葉なんですよ。“気持ちが大切”って。黒魔術では、その”気持ち”が何より重要なんです。あなた、本気で望んだじゃないですか。“他人を操りたい”って」
「……!」
部屋の空気が急に冷たくなる。蛍光灯が一瞬、チカッと瞬いた。
「本来ならこの段階で、魂は”地獄銀行”に差し押さえられるんですけど、私、ちょっと人間界寄りだったもので、処理を遅らせてたんです。でも……もう無理です。上が怒ってる」
「……じゃあ、どうなるの? 私、死ぬの?」
田中は静かに首を振った。
「死なせるのは簡単ですが、今の地獄は”長期運用型の魂回収”が主流でして。つまり、“生きたまま少しずつ魂を削り取る”やり方に変わったんですよ。サブスクみたいなもんです」
「え……なにその地獄もIT企業っぽい進化」
「それに、“自分の意思で契約を結んだ”という記録があると、契約実績として評価が上がるんです。だから……申し訳ないですが、これが私の最終成果物なんです」
そう言って、田中は取り出した契約書を手のひらで押さえ、指先で魔法陣を描いた。契約書が青白く光り、沙耶香の胸がドクンと鳴った。
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第8章 魂の回収、始まる
その日から、沙耶香の周りで異変が起き始めた。
- 好きだった吉沢君が、突如他の女子と付き合い始める
- 親友の美月に無視される
- 人に認識されていないのか、やたらぶつかる
- 食べ物の味が無くなり、握力が極端に弱くなっていく
田中は言った。
「魂が少しずつ薄くなっていくと、世界との”接続”が不安定になるんです。言ってみれば、Wi-Fiが弱くなるようなものですね」
「なによ、それ! 私はただ……! ちょっとチヤホヤされてみたかっただけなのに!」
「分かります。でも、契約は契約。悪魔にもKPIってあるんですよ。上司がうるさくて……」
「ふざけないで!!」
怒りに震えた沙耶香は、自分の部屋の魔法陣を破り捨てた。道具も全部ゴミ箱に捨てた。けれど——
翌日。
彼女の机の上には、なぜか買ってもない新品の『実践黒魔術大全』が置かれていた。しかも、表紙には金文字でこう記されていた。
「続巻・契約解除編(※ただし解除不可)」
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第9章 解けぬ契約、逃げられぬ代償
「田中さん……あんた、最初からわかってたのね」
「……はい。すみません。呼ばれてしまったものは仕方がなかったんですよ。でも、全力で沙耶香さんに楽しんでもらえるよう頑張りました。」
沙耶香は目を閉じて考えた。
「……ねぇ、田中さん。どうせ私の魂は取られるんでしょ? なら、こっちから条件を付けてもいいんじゃない?」
「条件……?」
「私を最高の顧客にして。その代わり、あなたの履歴書にこう書いてよ。“600年目に、たった一人の魂を完全契約で回収”って」
田中は、しばらく無言で沙耶香を見つめた。
そして、深々と頭を下げた。
「…ありがとうございます。あなたは私にとって、最高の実績です」
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エピローグ 履歴書の最終項目
地獄・人材開発部門。
田中の履歴書にはこう書かれていた。
```
【氏名】ベルゼブブ田中
【年齢】悪魔歴600年
【志望動機】人間社会での実践知識を地獄にも活かしたい
【主な実績】
・現代日本にて"立ち読み召喚型契約"の新ルート開拓
・契約者の魂を段階的に回収(継続型成果として高評価)
・顧客から"完全契約者"として感謝されつつ魂を全納
```
そして最後の備考欄には、こう添えられていた。
「沙耶香さん、あなたの魂は今でも地獄のコレクション棚で光り続けています」
**——了——**
中二病少女と就活悪魔の奇妙な契約 奈良まさや @masaya7174
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