第6話 セブンスター3

先輩が車を走らせる、その様子がとても頼りがいがあってかっこよかった。このままこの平和な時間が続いたらどんなにいいだろうか。そういう生き方もどこかにあるのかもしれない。だけど結局自分は安定した道を選ぶだろうとそう思った。札幌空港から美瑛町までは、車で2時間ぐらいのようだった。ほんとは僕が運転を変わってあげることが出来たら良かったのだけど。

「先輩って、セブンスター吸ってるんでしたっけ?」

「いや、全然違うよ。ただ気になってさ、いつも目に入ってるものだけど、実際に見たことなんてないじゃん。それがなんか急に勿体ないなって感じだから。行こって思って。なんかそういうものを死ぬまでなるべく減らしたいなって。」そう先輩は呟いた。

「死ぬとかそういうこと気軽に言っちゃダメですよ?」

 昔から死という言葉が嫌いだった。死は僕から大切な人を奪って、繋がりを断つ。そしてそう言うことを気軽に言うと、ほんとに怒ってしまいそうな気がして。

「冗談だって、いつかその時が来たらの話よ。」

 楽になりたいとは僕もいつも考えているけれど、楽=死ではないし生を諦めた先に待ってる結末も僕の解決策にはきっとならない。この漠然とした未来の不安は、いつになれば僕を解放してくれるんだろう。

「セブンスターの木って1976年にセブンスターの観光用パッケージに採用されたことが名前の由来みたいですね。」

「そうそう、何もないのがいいよね。北海道の広大な土地にポツンと佇む木が作り出す景観がすごくいい。」

「都会だと人多過ぎて疲れますもんね。」

「なにに一番疲れるって人の数だよね。どこまで行っても一面ひとだらけ。そこから逃げるように、一本一本とタバコ吸って煙に巻いて。そのうち息がしにくくなってきちゃった。」

「僕も未来への漠然とした不安がいつでも襲いかかってくるから、もう疲れちゃいましたよ。」

 そのあとは僕たちは目的地に着くまで、ひたすら外の景色を見ていた。どこまでも続く平和な景色を眺めていた。

 僕も人間じゃない動物に生まれてこなければ、こんなに悩むこともなかったのだろうと感じた。ただ生きているだけで良かったのに、大人が社会がそれを許してくれないのだ。それをみんな受け入れて前に進んでいるのに。


 車に揺られて2時間30分ぐらいで目的のセブンスターの木がある美瑛町に到着した。

「結構長旅だったね。思ってたよりかかって疲れちゃったよ。」

「運転お疲れ様でした、良かったら肩とか後で揉みますよ。」

「じゃー、後でお願いしようかな。」

 僕たちは車から降りて、セブンスターの木を見に行くことにした。もう日が落ち始めていてちょうどいい気温だった。ポツンと立つカシワの木がすぐ僕たちの目に入ってきた。

「これですよね、セブンスターの木。やっと拝めましたね。」

「これを見にわざわざここまできてるからね。でもやっぱりいいね。」

「僕も言葉によく表せないですけど、すごい綺麗ですね。」

 夕日と一本の木が織りなす景観は、決して他の場所では見ることができない。生命の力強さがこれでもかという程に僕の体の中にも流れてきた。

「僕って多分軸がないんです。だから風に吹かれたらすぐにダメになってしまう。そんな自分が嫌いなんだけど、僕には才能がなくて。何をやってもうまくいかなくて。」自然と涙が溢れてきた。胸の奥に必死にしまって隠していたものが、一気に溢れ出たようだった。そんな僕を先輩は優しそうな顔で見つめていた。

「いいんだよ。君はまだ色々悩んだっていいんだよ。まだ無限の可能性を諦めなくていいんだよ、君はその全てと戦う権利があって。最後にはどんな道であれきっと何かを掴めるよ。」

 そう言って先輩はそっと僕を抱きしめて、頭を赤子を触る時のように優しく撫ででくれた。

「私はそれができなかった。君はそうならなくてもいいんだよ。」

 僕はきっと自分を認めてくれる人が欲しかった。自分の選んだ道が間違ってないと言い切ってくれる人が。


 気がつけば日が落ちて夜になっていた。セブンスターは紙タバコの中では一番人気があるとも言われている。たばこ本来の風味とほんのりとした甘味が特徴的であるとされている。くせがなく吸いやすいタバコの王道。道から外れかかった僕は、その木がとても眩しかった。そしてセブンスターの木が僕の靄がかかった思考を振り払ってくれた。

「いいですね、北海道。東京と違って空気も澄んでて。」

「悩んでることを解決する術は、自分でしかできないからね。そう言う時に自然を見るといいのよ。私もいつも悩んだ時はそうしてた。」

 そういえば先輩の悩みは一体なんなんだろうと僕は思った。就活...なんて簡単な悩みじゃないんだろうと勝手に思った。

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たばこ @KO929

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