第20話 そして、新しい"願い"へ
桜が舞う春の朝。
とうとう、この日が来ちゃった。
「みく〜!準備できた〜?」
階下から母の声。今日は、引っ越しの日。結局、一年なんてあっという間だった。
部屋を見回す。もうダンボールだらけで、がらんとしてる。でも、思い出はぎっしり詰まってる。
机の引き出しに、まだ一つだけ残してあるものがある。
みんなとの写真。
屋上で撮った写真、運動会の写真、クリスマス会の写真…どれも宝物。
「これは手荷物にしよう」
大切にカバンにしまう。
玄関を出ると、そこには…
「みく〜!」
しゅんたくん、れいかちゃん、あやかちゃん。クラスのみんなまで来てくれてる。
「み、みんな…」
涙が出そうになる。
「泣くのは禁止!」れいかちゃんが眼鏡をキラッとさせる。「笑顔でお別れするって決めたでしょ」
「そうだよ」しゅんたくんも言う。「また会えるんだから」
でも、しゅんたくんの目も赤い。れいかちゃんも、こっそり涙を拭いてる。
「はい、これ!」
あやかちゃんが、大きな封筒を渡してくれる。
「みんなからの手紙!一人一枚ずつ書いたの」
中を見ると、クラス全員からのメッセージ。
『みく〜、プリン分けてくれてありがとう!』
『転校しても友だちだよ!』
『大阪でもがんばって!』
一枚一枚に、みんなの気持ちがこもってる。
「ありがとう…ありがとう…」
もう涙が止まらない。
山田先生も来てくれた。
「高野さん、新しい学校でも、あなたらしくいてね」
「先生…はい!」
引っ越しのトラックが来て、荷物を積み始める。いよいよ、本当のお別れ。
「みく」れいかちゃんが手を握る。「私たちの友情に、距離なんて関係ない!」
「うん!」
「毎日連絡するから」しゅんたくんも約束する。「つまんないことでも、なんでも」
「わたしも手紙書く!」あやかちゃんも言う。「月に一回は絶対!」
三人で、最後のハグ。あったかい。この温もりは、忘れない。
車に乗り込む時、振り返ると、みんなが手を振ってる。
「またね〜!」
「元気でね〜!」
「みく〜!」
窓から手を振り返す。涙でみんなの顔がぼやけるけど、笑顔なのはわかる。
車が動き出す。どんどん、みんなが小さくなっていく。でも、ずっとずっと手を振ってくれてる。
角を曲がって、見えなくなった。
でも、大丈夫。心は繋がってるから。
---
半年後。
大阪の新しい学校にも慣れた。新しい友だちもできた。
でも、しゅんたくんたちとの約束は守ってる。毎日メールして、週に一回はビデオ通話。
「みく〜、こっちは今日雪だよ〜」画面の向こうで、しゅんたくんが雪玉を見せる。
「いいな〜、大阪は雨〜」
「今度の冬休み、遊びに行くから!」れいかちゃんが宣言する。
「ほんと!?やった〜!」
離れてても、変わらない。それが本当の友情なんだって、今ならわかる。
ある日の放課後。
大阪城公園を散歩してたら、ベンチで泣いてる女の子を見つけた。
小学校低学年くらいかな。ランドセルを背負って、一人でしくしく泣いてる。
「どうしたの?」
声をかけると、女の子が顔を上げた。
「友だちに…ひどいこと言っちゃった…」
ああ、この涙、見覚えがある。本物の涙だ。
その時、茂みから黒い影が。
「にゃー」
黒猫だ。でも、クロノじゃない。普通の野良猫。
でも、なんだか目が似てる気がする。特に、オッドアイなところが。
猫は女の子に近づいていく。そして、足元に何かを落とした。
小さな紙切れ?
女の子がそれを拾い上げる。
「なにこれ…」
遠くて見えないけど、なんとなくわかる。きっと、新しい物語の始まり。
わたしはそっと、その場を離れた。
邪魔しちゃいけない。これは、あの子の物語だから。
でも、一つだけアドバイス。
「ズルもいいけど、ほどほどにね」
小さくつぶやいて、歩き出す。
夕焼けがきれいだ。大阪の空も、悪くない。
ポケットの携帯が鳴る。しゅんたくんからだ。
『みく〜、今日のプリン、一人で食べちゃった〜』
くすっと笑って、返信する。
『もう〜、わたしの分は〜?』
すぐに返事が来る。
『今度会ったら、10個おごる!』
『約束だよ〜』
歩きながら、思う。
チケットがなくても、願いは叶う。努力したり、待ったり、信じたりして。時間はかかるけど、その分、喜びも大きい。
そして、チケットがあってもなくても、人は迷う。選択する。後悔もする。
でも、それでいい。それが、生きるってことだから。
家に着くと、母が夕飯の準備をしてた。
「おかえり、みく」
「ただいま!」
今日のメニューは、たこ焼き。大阪に来てから、すっかり好物になった。
食べながら、ふと思い出す。
あの時、チケットを使わなくてよかった。使ってたら、きっと今の幸せはなかった。
新しい出会いも、新しい発見も、全部なかったかもしれない。
「ごちそうさま!」
部屋に戻って、宿題を始める。大阪の学校の勉強は、ちょっと難しい。でも、がんばる。
チケットに頼れないから、自分でやるしかない。
でも、それが楽しい。できた時の達成感が、たまらない。
寝る前、日記を書く。今日も続けてる習慣。
『今日、クロノに似た猫を見た。新しい物語が始まったみたい。あの子が、いい選択をできますように』
ペンを置いて、窓の外を見る。
星がきらきら光ってる。同じ星を、きっとしゅんたくんたちも見てる。
「みんな、おやすみ」
つぶやいて、布団に入る。
明日は、新しい一日。どんなことが起きるかわからない。でも、それが楽しみ。
チケットはもうない。でも、わたしには勇気がある。友だちがいる。
そして、自分で選ぶ力がある。
それが、一番の魔法。
「ズルと勇気の境目で、きっとみんな生きてる。迷って、間違えて、やり直して。でも、自分で選んだ道なら、それでいいんだよね、神様?」
画面に映る、笑顔のみくと友だちの写真。
春夏秋冬、いろんな写真。離れてても、笑顔は変わらない。
そして最後に、小さく文字が浮かぶ。
『もし、あなたの前にチケットが現れたら?』
物語は、ここで終わり。
でも、新しい物語は、いつもどこかで始まってる。
あなたの物語も、きっと。
神様、ちょっとだけズルしていいですか? ソコニ @mi33x
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