第19話 日常への帰還



「みく〜!待って〜!」


朝の通学路。あやかちゃんが走って追いかけてくる。


「おはよう!」


「おはよう、あやかちゃん」


すっかり日課になった一緒の登校。チケットがなくなってから、もう一か月が経った。


「今日、体育でドッジボールだって!」あやかちゃんが嬉しそう。


「えー、わたし苦手〜」


「大丈夫!みくは逃げるの専門で!」


二人で笑いながら歩く。ふと思う。あやかちゃん、最初はこんなに明るくなかった。でも今は、クラスの人気者。


それって、チケットのおかげ?それとも、あやかちゃん自身の力?


きっと、両方なんだろうな。


学校に着くと、しゅんたくんが昇降口で待ってた。


「おはよう!今日も給食のプリン、よろしく!」


「もう〜、たまには自分の食べなよ〜」


でも、結局あげちゃう。だって、しゅんたくんの笑顔が見たいから。


教室に入ると、れいかちゃんが宿題のチェックをしてた。相変わらずまじめ。


「みく、昨日の算数やった?」


「う…半分だけ」


「もう!貸して、写させてあげる」


「れいかちゃん、優しい〜!」


「一回だけよ」


でも、れいかちゃんの顔はにこにこ。前は「ズルはダメ!」って絶対言ってたのに。ちょっとだけ、柔らかくなったみたい。


一時間目の国語の時間。山田先生が、作文の課題を出した。


「テーマは『私の宝物』です。物でも、思い出でも、何でもいいですよ」


みんな、うーんって考え始める。わたしも、何にしようか悩む。


前なら、迷わず「チケット」って書いてたかも。でも、今は違う。


ペンを走らせる。


『私の宝物は、友だちです。転校するかもしれないって知った時、初めて気づきました。当たり前にいてくれる人たちが、どんなに大切か』


書きながら、じーんとする。


休み時間、廊下を歩いていると、保健室から誰かの泣き声が聞こえた。


覗いてみると、1年生の女の子が泣いてる。


「どうしたの?」


「お友だちとケンカしちゃって…」


ああ、わかる。友だちとケンカするのって、すごく悲しい。


「大丈夫だよ。ケンカしても、仲直りできるから」


「ほんと?」


「うん。わたしも、友だちとケンカしたことある。でも、今はもっと仲良し」


女の子が、涙を拭いて微笑む。


その時、ふと思った。もしチケットがあったら「ケンカをなかったことに」って願っちゃうかも。でも、それじゃダメなんだ。ケンカして、仲直りして、そうやって絆は強くなる。


給食の時間。今日のメニューは、カレーライス。


「やった〜!」クラス中が盛り上がる。


配膳していると、しゅんたくんがこっそり言った。


「実は、お母さんが退院してから、毎日お弁当作ってくれるんだ」


「え!いいなあ〜」


「でも、給食も好き。だって、みんなで食べられるから」


プリンを交換しながら、三人で笑う。れいかちゃんが牛乳をこぼして、みんなで拭いて。


何気ない時間。でも、宝物みたいな時間。


昼休み、いつもの屋上。でも、今日はなんか雰囲気が違う。


「実は…」れいかちゃんが切り出す。「兄さんが、推薦じゃなくて一般受験で大学受け直すって」


「え?なんで?」しゅんたくんが驚く。


「『本当の実力で入りたい』って。きっと、あの時の推薦合格、何かおかしいって感じてたんだと思う」


チケットの影響だったのかもしれない。でも、お兄さんは自分で決めた。


「応援する?」わたしが聞く。


「もちろん!今度は、本物の合格だもん」


れいかちゃんの笑顔が、すごくきれいだった。


五時間目の図工。今日は「未来の自分」を描く課題。


わたしは、大人になった自分を想像しながら描く。どこに住んでるかわからない。何の仕事してるかもわからない。


でも、一つだけ確かなこと。しゅんたくん、れいかちゃん、あやかちゃん、みんなとまだ友だちでいる。


絵の中で、大人になったみんなが笑ってる。


放課後、教室の掃除当番。ほうきを動かしながら、ふと窓の外を見る。


校庭で、下級生たちが遊んでる。鬼ごっこかな?キャーキャー言いながら走り回ってる。


平和だなあ。


でも、もしかしたらあの中にも、泣いてる子がいるかも。本物の涙を流してる子が。


そしたら、クロノが現れるのかな。新しいチケットを持って。


「みく〜、手が止まってる〜」あやかちゃんに注意される。


「あ、ごめん!」


掃除を再開する。過去じゃなくて、今を大切にしなきゃ。


帰り道、しゅんたくんが言った。


「なんか最近、毎日があっという間」


「わかる」れいかちゃんもうなずく。「前は一日が長く感じたのに」


「それって、充実してるってことじゃない?」わたしが言う。


「かもね」


三人で歩く通学路。もう何百回も通った道。でも、飽きない。


途中の公園で、ちょっと寄り道。ブランコに乗って、空を見上げる。


「ねえ」しゅんたくんが言う。「来年、みくが転校しても、毎日連絡取ろうね」


「当たり前じゃん!」


「写真もいっぱい送って」れいかちゃんもリクエスト。


「うん!大阪の美味しいもの情報も送る!」


三人で約束する。小指を絡めて、指切りげんまん。子どもっぽいけど、でも大事な儀式。


家に帰ると、ポストに何か入ってる。


手紙?と思って見ると、差出人のない小さな封筒。中を開けると、小さな紙切れが一枚。


「また会おうね - クロノ」


あ、これこの前と同じ…と思った瞬間、紙がふわっと消えた。


でも、今度は慌てない。クロノなりの、さよならの挨拶なんだ。


「うん、また会おうね」


つぶやいて、家に入る。


夕飯の時、母と話す。


「みく、最近楽しそうね」


「うん。毎日が特別」


「特別?」


「チケットがなくても、毎日小さな奇跡があるの。友だちと笑ったり、新しいこと知ったり」


母が優しく微笑む。


「それが一番の魔法かもね」


そうかも。チケットより、ずっとすごい魔法。


お風呂に入りながら、鼻歌を歌う。最近覚えた歌。れいかちゃんが教えてくれた。


寝る前、ポケットを確認する癖がついてた。もうチケットはないのに。


でも、かわりに入ってるものがある。


しゅんたくんがくれた折り鶴。れいかちゃんの手作りしおり。あやかちゃんからのお手紙。


これが、わたしの新しい宝物。


布団に入って、目を閉じる。


明日は何があるかな。テストの結果が返ってくる。きっとあんまりよくない。でも、自分でがんばった結果だから、受け入れられる。


それに、点数より大事なことがある。友だちと一緒に「できた!」「できなかった〜」って言い合える時間。


窓から月の光が差し込む。


どこかで、クロノが誰かに会ってるかもしれない。新しい物語が始まってるかもしれない。


でも、それでいい。みんな、自分の物語を生きてるんだから。


「おやすみ、みんな」


つぶやいて、眠りにつく。


きっと明日も、いい日になる。チケットがなくても、十分幸せな日に。

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