第21話 ご主人様と、僕だけのメイド
校内に突如として降臨した謎の美少女――リリー・ヴァレスクの登場は、高坂葵の通う高校の文化祭を、本来の目的とは別の意味で、大いに盛り上げていた。
「葵、あの子、マジで誰なの?」
「どこの事務所のモデルさん?」
葵は、友人たちからのひそひそ声と、遠巻きにスマホのカメラを向ける生徒たちの視線からリリーを守るようにして、自分のクラスである一年三組の教室へと急いだ。
リリーは、その全てが不快でたまらない、というように顔をしかめ、葵の制服の袖を、ぎゅっと掴んで離さない。その仕草が、葵の騎士としての庇護欲を、これでもかと掻き立てる。
教室の中は、手作りの装飾が施された「メイド喫茶」として、すでに大勢の客で賑わっていた。
「リリー、ここでちょっと待ってて。僕、着替えてくるから」
葵はそう言うと、リリーを窓際の、少しだけ喧騒から離れた席に座らせ、更衣室へと消えていった。
一人残されたリリーの元へ、早速クラスの男子生徒が数人、興味津々といった顔で近づいてくる。
「ねえ、君、高坂の友達?一人?俺らと一緒にお茶しない?」
しかし、リリーはスマホの画面から目を離すことなく、ただ一言、氷のように冷たい声で呟いた。
「……雑魚は、話しかけてくんな」
その一言で、男子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
やがて、更衣室のカーテンが、そっと開かれる。
「お、お待たせしました、ご主人様」
そこに立っていたのは、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、覚悟を決めた表情で佇む、メイド姿の葵だった。
フリルのついたカチューシャに、黒い生地と白いエプロンが特徴的な、クラシカルなロングスカート丈のメイド服。空手で鍛えられた凛とした立ち姿と、可憐な衣装の組み合わせは、破壊的なまでの魅力を放っていた。
その姿を見た瞬間、リリーの動きが、完全に止まった。
ゲームに注がれていたはずの、その大きなヘーゼル色の瞳は、キラキラと、宝石のように輝きながら、葵の姿を、頭のてっぺんからつま先まで、食い入るように見つめている。
葵は、その熱のこもった視線に耐えかねて、さらに顔を赤くする。
(うぅ…やっぱり、来るんじゃなかったかも…!でも、リリーが、あんな顔してる…)
リリーは、何も言わない。ただ、その口元が、ほんの少しだけ、満足そうに緩んでいた。
***
葵は、深呼吸を一つすると、メイドとしての務めを果たすべく、リリーの元へと歩み寄った。
「リリー様、ご注文は、お決まりでしょうか?」
練習した通りの、少しだけぎこちないお辞儀。
リリーは、ようやく我に返ったように、こほん、と一つ咳払いをした。
「……まあ、悪くないじゃん。そのカッコ。じゃあ、僕、このスペシャルパフェってやつ」
「はい、喜んで!」
葵は、厨房で、自分が飾り付けを手伝った特製のパフェを受け取ると、慎重な足取りでリリーの元へと運んだ。
「お待たせいたしました。リリー様のためだけの、スペシャルパフェでございます」
「……ん」
葵は、周りの喧騒など気にも留めず、リリーの隣にそっと腰を下ろすと、スプーンでクリームと苺をすくい、その小さな口元へ、ゆっくりと運んだ。
「ほら、リリー。あーん」
「……あーん」
まるで、世界に二人だけしかいないかのように、リリーは素直にそのパフェを頬張る。その光景は、文化祭という非日常の中で、二人だけの、秘密の儀式のようだった。
「……おいしい」
「よかった」
葵は、心の底から、幸せな気持ちになった。この笑顔が見られるなら、メイド服の恥ずかしさなんて、どうってことない。
その時だった。
「高坂さん、めっちゃ似合ってるじゃん!俺にも『あーん』してくれよー!」
サッカー部の杉浦健太が、友人たちと連れ立って、悪気なく二人のテーブルにやってきた。
その瞬間、リリーのまとっていた空気が、すっと冷たくなった。
リリーは、健太の方をちらりとも見ずに、葵のメイド服の袖を、再びぎゅっと掴んだ。そして、葵にしか聞こえないような、小さな声で、しかしはっきりと、こう告げたのだ。
「……葵は、僕だけのメイドだから」
「他のやつに『ご主人様』なんて、呼びかけたら許さない」
その、あまりにも可愛らしく、そしてあまりにも独占欲の強い「命令」に、葵の心臓は、今日一番、大きな音を立てて跳ね上がった。
葵は、健太たちに「ご、ごめん!今、取り込み中だから!」と慌てて断りを入れると、目の前の、世界で一番愛しいご主人様に、最高の笑顔で応える。
「はい。仰せのままに、リリー様」
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