第22話 僕だけのメイドと、君の世界
「……葵は、僕だけのメイドだから」
「他のやつの『ご主人様』になんて、なったら許さない」
リリー・ヴァレスクの、あまりにも可愛らしく、そしてあまりにも独占欲の強い「命令」。
その言葉に、高坂葵の心臓は、今日一番、大きな音を立てて跳ね上がった。
葵は、クラスメイトの杉浦健太たちに「ご、ごめん!今、取り込み中だから!」と慌てて断りを入れると、目の前の、世界で一番愛しいご主人様に、最高の笑顔で応える。
「はい。仰せのままに、リリー様」
そのやり取りに、リリーは満足そうに、そして少しだけ得意げに鼻を鳴らした。
葵のメイドとしてのシフト時間は、その後も続いた。
しかし、リリーは窓際の特等席から一歩も動かず、その大きなヘーゼル色の瞳で、葵の働く姿をじっと、そして熱心に見守っていた。他の客に給仕する葵の姿を、まるで自分の所有物を見せびらかすかのように、あるいは、悪い虫がつかないか監視するかのように。
葵は、その視線を感じるたびに、恥ずかしさと、それ以上の嬉しさで、頬が熱くなるのを感じていた。
やがて、葵のシフトが終わり、制服に着替えてリリーの元へ戻ると、彼女は「おそい。もう飽きた」と、いつもの調子で文句を言った。
「ごめんごめん。さ、行こうか。リリーが見たいところ、案内するよ」
「……別に、見たいとことかないし。でも、まあ、葵が行きたいなら、付き合ってやんよ」
そう言って、リリーはごく自然に、葵の手をぎゅっと握った。その小さな手の温もりが、葵の心をどうしようもなく満たしていく。
二人は、恋人繋ぎで、人でごった返す校内を歩き始めた。
「うわ、高坂さんだ!隣の子、めちゃくちゃ可愛い!」
「二人とも、お似合いじゃん!」
すれ違う生徒たちからの好奇の視線と、ひそひそ声。葵は恥ずかしくてたまらなかったが、リリーは全く意に介さず、むしろ「だろ?僕の葵だからな」とでも言いたげに、少しだけ胸を張っているように見えた。
射的の屋台を見つけると、葵は「リリー、見てて!」と、昔取った杵柄で、次々と的を撃ち抜いていく。その凛々しい横顔を、リリーは少しだけ頬を赤らめながら見つめていた。葵が勝ち取った、一番大きなぬいぐるみを渡すと、リリーは「……ふん、まあまあじゃん」と憎まれ口を叩きながらも、そのぬいぐるみを、ぎゅっと、宝物のように抱きしめた。
お化け屋敷の前を通りかかると、リリーは「は?作り物のオバケとか、マジで時間の無駄じゃん」と強がるくせに、中から聞こえてくる悲鳴に、葵の腕にしがみつく力が強くなる。そのギャップが、たまらなく愛おしい。
葵は、この時間が、永遠に続けばいいのに、と心の底から願った。
***
しかし、その特別な時間も、終わりが近づいていた。
文化祭の喧騒が少しずつ収まり始め、夕暮れのオレンジ色の光が、校舎を優しく包み込む。
葵は、リリーを連れて、人の少ない屋上へと向かった。そこからは、祭りの後の、少しだけ寂しげな校庭と、遠くの街並みが一望できた。
「どうだった?リリー」
葵は、今日一日を思い出し、最後の期待を込めて、隣に立つ恋人に尋ねた。
「学校も、たまには面白いって、思わなかった?」
この楽しさが、リリーの心を少しでも動かしてくれたら。明日から、ほんの少しでも、外の世界に興味を持ってくれたら。そんな、淡い願いを込めて。
リリーは、フェンスに寄りかかり、少しだけ考えてから、静かに、そしてはっきりと首を横に振った。
「……ううん、別に」
「え?」
「葵のメイド服が見れたのは、まあ、SSR確定ガチャだったけど」
リリーは、葵の方を向くと、いつもの、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それ以外は、ただうるさくて、人が多くて、疲れただけ。やっぱり、家でゲームしてる方が、ずっといい」
その、あまりにも素っ気ない、しかし、嘘のない正直な答え。
葵は、結局、リリーの心を動かすことはできなかったのだと悟り、胸の奥に、ちくりとした寂しさを感じるのだった。
リリーが見ている世界と、自分が見ている世界は、こんなにも近くて、でも、こんなにも違うのかもしれない。
夕暮れの風が、二人の間を、少しだけ寂しく吹き抜けていった。
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