第20話「その声、めっちゃ好きだよ」



春の陽射しが眩しい大学のキャンパス。桜の花びらが舞い散る中、咲良は中庭のベンチに座っていた。


「ここ、いい?」


顔を上げると、柊が立っている。頷くと、隣に腰を下ろした。


あれから一ヶ月。咲良の配信は安定した人気を保ち、「声の個性を大切にする会」も定期的に活動している。全ては順調に見えた。でも――


「最近、どう?」


柊の問いかけに、咲良は少し間を置いてから答える。


「うん……いいよ。配信も楽しいし、みんなとも仲良くなれたし」


「でも?」


さすがに鋭い。咲良は苦笑する。


「なんか、まだ信じられないっていうか。本当にこれでいいのかなって」


柊は優しく微笑む。


「まだ不安?」


「だって……」


咲良は膝の上で手を組む。


「この声じゃ、好きって言っちゃいけないと思ってた」


その言葉に、柊の表情が少し変わる。


「どういうこと?」


深呼吸をして、咲良は続ける。


「可愛い声じゃないと、女の子として認めてもらえない。愛されない。ずっとそう思ってた。だから、誰かを好きになっても、この声で告白なんてできないって」


風が桜の花びらを運んでくる。柊は黙って聞いている。


「高校の時、好きな人がいたの。でも、その人が『女の子は声が可愛い方がいいよな』って言ってるのを聞いて。諦めた」


「咲良……」


「だからAI変声を使った。可愛い声なら、誰かに好きって言えるかもしれないって。でも結局、それは私じゃなかった」


涙がこぼれそうになる。でも、もう隠さない。


「今は地声で配信してる。みんな受け入れてくれた。でも、恋愛となると話は別でしょ?この声で『好き』なんて言ったら――」


「俺は」


柊が静かに口を開く。


「君の地声を初めて聞いた時、やっと本当の君に会えた気がした」


咲良が顔を上げる。柊はまっすぐこちらを見ている。


「配信で君の本当の声を聞いて、確信した。これが、俺がずっと聴きたかった声だって」


「柊さん……」


「君は知らないかもしれないけど、実は俺、君のこと前から知ってた」


驚く咲良に、柊は少し照れながら続ける。


「一年の時、同じ授業を取ってて。君が発表してる時の声を聞いて、すごく印象に残ってた。低くて、落ち着いてて、なんか安心する声だなって」


「え……」


「でも君はいつも下を向いて、声を出すのを嫌がってるみたいだった。もったいないなって思ってた」


柊は空を見上げる。


「そしたら花音の配信を見つけて。最初は気づかなかったけど、話し方とか、笑い方とか、どこか君に似てるなって。それで確信した時、嬉しかった」


「嬉しかった?」


「君が、自分を表現する場所を見つけたんだって。たとえAI変声でも、君は君だから」


咲良の心臓が早鐘を打つ。


「でも、もっと嬉しかったのは、君が地声で配信を始めた時。『やっと会えた』って思った。画面の向こうにいたのは、やっぱり君だった」


柊が咲良の方を向く。その瞳はどこまでも優しい。


「君の声、最高だよ。低くて、ちょっとハスキーで、でも温かい。聴いてると落ち着く。ずっと聴いていたくなる」


「そんな……」


「本当だよ。君が歌ってる時の声、特に好き。感情がストレートに伝わってくる。AI変声の時には感じられなかった、生の感情が」


柊は一度言葉を切って、深呼吸をする。


「だから言わせて。その声、めっちゃ好きだよ」


時が止まったような気がした。

桜の花びらが、二人の間をゆっくりと舞い落ちる。


「本当に……?」


「本当」


柊の声に、一点の曇りもない。


「むしろ、この声じゃなきゃダメなんだ。だって、これが咲良の声だから。俺が好きになったのは、AI変声の花音じゃない。地声の、本当の咲良だから」


涙が頬を伝う。止まらない。


「私……私も」


声が震える。でも、今なら言える。この声で。


「私も、柊さんのこと、好き」


低い声。ハスキーな声。でも、確かに想いを込めて。


柊の顔が綻ぶ。


「やっと聞けた。君の声で、君の『好き』が」


「この声で、好きって言ってもいいんだね」


「いいも何も、この声がいいんだ」


二人は見つめ合い、そして同時に笑い出す。


「なんか、すごく遠回りしちゃった」


「でも、必要な道のりだったんじゃない?」


咲良は頷く。確かに、AI変声を使って、苦しんで、でも勇気を出して地声に戻って。その全てがあったから、今がある。


「ねえ、今度の配信、ゲストで出てくれない?」


「え?」


「みんなに紹介したい。私の声を最初に認めてくれた人だって」


柊は少し考えてから、微笑む。


「いいよ。でも、その前に」


「ん?」


「デートしない?普通に。カラオケとか行って、二人で歌ったりして」


咲良の顔が赤くなる。


「い、いいの?私の声、カラオケとか……」


「だから、その声がいいんだって」


柊は咲良の手を取る。


「君の声で、たくさん話を聞かせて。歌も聴かせて。『好き』も、もっと聞かせて」


「うん……!」


桜の花びらが、祝福するように二人の上に降り注ぐ。


もう、声を隠す必要はない。

この声で笑って、泣いて、歌って、愛を伝えて。

それでいいんだ。


「この声で、好きって言ってもいいんだね」


咲良はもう一度つぶやく。

今度は、確信を持って。


柊が優しく頷く。


「もちろん。何度でも聞かせて」


春風が吹いて、新しい季節の始まりを告げていた。


―完―

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この声じゃ、好きって言っちゃいけないと思ってた。 ソコニ @mi33x

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