第17話 時の隙間に触れる音

——その扉の揺れは、風ではなかった。


音もなく開いた扉の先に、誰もいなかった。

だが、冷んやりとした空気が一筋、店の中を通り抜けた。


「……誰も、いない?」


主人公はゆっくりと扉の方へと歩み寄る。

外の光は、いつも通り、柔らかな夕暮れ色だった。


だが、その空気の中に、微かに知らない匂いが混じっていた。

どこか、懐かしいような、けれどすぐには思い出せない気配。


 


「ユウ、今のって……やっぱり誰か?」


「わからないよ。記憶と気配は、似てるようで違うから」


ユウは目を開けずにそう呟き、しっぽをふるりと振った。


 


主人公はそっと扉を閉め、棚に戻った。

手紙の束は、もう元の位置に戻っていた。

ただ、一通だけ——さきほど読んだ封筒だけが、棚の端に置かれていた。


その上に、何かが載っていた。


 


それは、小さな時計の部品だった。

まるで、壊れた懐中時計からこぼれ落ちたような、小さな歯車。


 


「これは……」


主人公がそれを手に取ると、不思議なことに——


時計の針のような音が、一瞬だけ、耳の奥で鳴った。


カチリ。


その音は、何かが始まる音にも、終わる音にも聞こえた。


 


「ユウ、これ……覚えてる?」


「さあ。けど、その部品、ずっと前に誰かが落としていったのかもしれないね」


「誰かって?」


「……君かもしれないし、君じゃないかもしれない」


 


ユウはそう言って、ようやく目を開けた。


その瞳には、ふたつの光が映っていた。

ひとつは、今この場所にある記憶の光。

もうひとつは——まだ名前のついていない、時間の影。


 


——カチリ。


もう一度、耳の奥で音がした。

手の中の歯車が、ほんの少しだけ、温かくなっていた。


 


「もしかして、あの手紙の差出人……」


主人公は、言葉を飲み込んだ。


思い出せない。でも、思い出そうとしている。

忘れていた感情が、ひとつずつ、風の中に混ざりはじめていた。


 


そしてその日、店の壁の隙間から、ひとつの古びた懐中時計が見つかった。

止まったままのその時計の中には、名前のないメモと、もうひとつの歯車が隠されていた。


 


——まだ、時は動き出していない。

けれど、それでも、ほんのすこしだけ「つながる音」がした。


 


それが、「はくぼどう」という店の、不思議なところである


 


続く

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