第12話 風の届かぬ手紙
——あの店には、時折、風の音さえ止まることがある。
それは嵐の日でもなく、静寂の夜でもない。
不意に、ふと、何かが届くように。
あるいは、何かが届かないように。
「今日は、風が来ないね」
店の奥、主人公は棚にそっと指を滑らせながらつぶやいた。
古い手紙の束が置かれたその棚は、いつも決まって、風が吹かぬ日だけに現れる。
「ユウ、この棚って、昨日まであったっけ?」
「さて。気まぐれだからね、この店も。僕も」
ユウはそう言って、いつも通り棚の上で伸びをした。ぴくりとも動かない眠たげな目をしていたが、そのしっぽだけが静かに揺れていた。
手紙の封は、どれも古く、色あせている。だが、差出人も宛名も書かれていない。
ただ一通だけ、主人公の名前が書かれていた。
——「届けられなかった風へ」
その封筒に書かれた言葉は、差出人の名ではなく、宛先のようでもあった。
そっと封を切る。
中から出てきたのは、紙のような、それでいて紙ではない、不思議な質感のメッセージ。
『あの日、言えなかった言葉が 今も宙に浮かんでいます。
あなたが忘れてしまっても、私はまだ、あの店の前に立っています。』
手紙はそこまでだった。
だが、その一文を読み終えた瞬間、外の風鈴がひとつだけ、やさしく鳴った。
「ねぇユウ、これって……誰かが、ここに来ようとしてるのかな」
「かもしれないし、来ないかもしれない。でも、君が読んだなら、それで十分」
ユウは、そう言って目を細めた。
そのとき、扉が、ほんの少しだけ揺れた。
風の届かないはずのその店に、誰かの気配が、ほんのすこしだけ、流れ込んできたような気がした。
——静かな日常の中に、ときおり届く「未完」の気配。
それが、はくぼうどうという店の、不思議なところでちゅ。
続く
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