第11話 雨音と、ふたりの秘密
しとしとと、雨が降っていた。
お店の窓に、水滴が細かく張りつき、小さな川のように流れ落ちていく。
ランプの灯りはいつもより少し控えめで、店内にはしんとした静寂が満ちていた。
そんな静かな午後。入口の扉が、からん、と鳴った。
「こんにちは……あの、ここ……開いてますか?」
小さな声だった。
振り向くと、まだ小学生くらいの女の子が立っていた。
レインコートのフードをかぶっていて、表情はよく見えない。
「うん。開いてるよ。どうぞ」
ぼくがそう言うと、女の子は遠慮がちに中へと入ってきた。
ぺたぺたと濡れた靴を脱ぎ、そっと椅子に腰掛ける。
しばらくして、ぼそりと呟いた。
「……このお店って、昔からあるんですか?」
「うん、たぶんね。ぼくも、いつからあるのかはよく知らないけど」
女の子は少しだけ顔を上げた。
「おばあちゃんが、昔ここに来たことがあるって言ってました。『忘れ物を取りに行った』って」
「……忘れ物?」
「うん。“だいじな何かを置いてきた”って。もう思い出せないけど、ここに行けば見つかるかもって」
なるほど。よくある話だ。
でも、この店に引き寄せられる人たちって、そういう“曖昧な記憶”を持ってることが多い。
それが、思い出なのか、夢なのかは、本人にもわからない。
「おばあちゃんは、見つけたのかな?」
ぼくの問いに、女の子は首を横にふった。
「わからない。でも、いつも優しい顔で“もう大丈夫”って言ってたから、きっと、見つけたんだと思う」
そのとき、奥の棚のほうで、ふっと風が吹いたようにランプが揺れた。
ふしぎなことに、いつもこの店は、誰かの記憶に呼応するように、小さな変化を見せる。
女の子は立ち上がり、ふらりと棚のほうへ歩いていく。
「これ……」
彼女が指差したのは、小さな銀のペンダントだった。
中には、花の押し葉が閉じ込められている。
色あせてはいたけれど、かすかに、ラベンダーの香りが残っていた。
「これ……おばあちゃんの、かも」
手に取るその手が、少しだけ震えていた。
「持っていっていい?」
「もちろん」
そう言ったとき、女の子の顔に、ほんの少し笑顔が浮かんだ。
「……ありがとう。なんだか、会えた気がする。おばあちゃんに」
雨は、まだ降り続いていた。
だけど、女の子の足取りは来たときよりも少し軽くて、扉の向こうへと消えていった。
そして——
棚の奥に、ひとつだけ、新しい記憶のかけらが、そっと追加されていた。
名前もない、でもあたたかい“誰かの思い出”が、そこに。
——続く。
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