第19話 縁を繋ぐ家

第19話 縁を繋ぐ家



夏の終わりを感じさせる夕暮れ時、なごみ不動産の営業課長・村上誠一は一本の売却相談の電話を受けた。


電話の主は山村純子。


「父が昨年亡くなりまして…空き家のままになっている実家を売りたいのですが…」


村上は早速、住宅を訪れることにした。



山村家の家は40年前に開発された住宅街にある築40年6DKの2階建。生活利便性の良い場所で、近隣にはスーパーや病院もあり、日当たりも抜群だ。


広さ100坪の土地には駐車スペースが4台分確保されている。


かつて手入れが行き届いていた日本庭園風の庭と盆栽があったが、今は誰も手入れが出来ないため枯れ気味で寂しげだ。



所有者は相続人した3名、長女の里美48歳、電話で問い合わせした次女の純子46歳、長男の恭平43歳。


「父はずっとこの家で暮らしていました。私たち子ども3人は今それぞれ別の家に住んでいて、もうここに戻る予定はありません。」


村上は物件の室内を確認し、次回、査定額を提示して売値を決めることにし、村上は帰社した。



売却希望価格は相場より多少強めだが、条件は申し分ない。


村上は早速、SNSに査定情報として文字情報のみを発信した。


SNSで情報発信した翌日の朝一番に女性から電話で問い合わせがあった。宮田麻衣(31歳)という女性。


『高浜市大関町の100坪の物件の詳細を聞きたいのですが!』


販売価格が決まっていないため不動産情報サイトに掲載はしていない、なぜ問い合わせがあったのか不思議に思った。


『何かご覧なりましたか?』と聞くと、『SNSで情報を見ました!』


村上は、昨日SNSに情報発信したことをすぐに思い出し、SNSですか?と何回か確認した。


販売価格は調整中である事、場合によっては、なごみ不動産では売却依頼を受けない可能性がある事を電話で伝えたが、『場所を詳しく知りたい』と強い要望があり、翌日来店する事になった。


翌日、宮田麻衣は夫と一緒に来店した。夫は宮田翔(32歳)。


宮田夫妻は同じ大学病院に勤務する内科医。現在は高浜市に隣接する前川市で大学病院近くの分譲マンションで暮らしているが、将来的には夫の実家のクリニックを継ぐため、実家近くで土地を探していた。


たまたまSNSを見ていたら、情報が出てきたため、すぐに問い合わせした、とのこと。


不動産情報と言えば、以前は書店やコンビニで不動産情報誌を購入するのが大半であったが、ここ10数年はインターネットの不動産情報サイトが主流になっていて、なごみ不動産でも不動産情報サイトに物件情報を掲載している。


また、近年はSNSの発達により気軽に情報発信ができるため、少しずつではあるが併用されてきている。


何度かそれぞれと打ち合わせしている中で、ある日、宮田夫妻が、ぜひ購入したいので私達の思いを売主さんに伝えて欲しい、と所有者3名宛に手紙を書いてきた。


村上は20年以上、不動産売買の仕事をしているが、購入希望者から売主宛の手紙を託されたのは初めてであった。


同時に、買付証明書(購入申込書)も宮田夫妻から託されたが、購入名義は宮田翔の母親名義である。


"この取引はただの売買仲介では無い"


所有者3名の思い、宮田夫妻の思い、その間を取り持つ大事な役割を担っている事を改めて思った。


後日、託された手紙を持って、所有者3名に手渡しし、開封して読んでもらい、村上からも宮田夫妻の思いを伝えた。また、買付証明書も同時に手渡された。


数日後、所有者3名は宮田夫妻に売却することをほぼ決めたが、まだ何か1つ足りてなかった。


そこで、村上は、あえて所有者3名と宮田夫妻が直接会う段取りをした。


後日、宮田夫妻が山村家に訪れ、改めて購入意思を夫の口から伝えた。


正式に売買価格が決まり、購入申込書の記入になった際に「もしかして宮田法子さんて宮田クリニックの宮田先生がお母様ですか?」と、純子が言い、ふと顔を上げる。


宮田の実家はこの家から徒歩数分の場所にある、地域でも有名な宮田クリニック。


「そうなんです。うちは祖父の代から内科医で、現在は母が医院長です。」


「そうなのですか!私達は祖父の代からずっと宮田クリニックで診てもらっていました。以前は宮田内科だったですよね。」


先日、宮田夫妻から預かった買付証明書に記載されていた住所を見て、もし宮田クリニックであれば祖父を看取った先生のはず、と所有者3名は事前に死亡届を確認しており、宮田先生のご子息なら気持ち良く譲りたいと、すでに売却意思は固まっていた。


その場で祖父の死亡届の用意もあり、偶然にも祖父の死亡届に署名したのが、宮田翔の祖父だったことが判明し、互いに驚きを隠せなかったのは言うまでもない。



所有者3名は、他の不動産屋にも売却相談はしていたが、宮田夫妻に売ることに決めた理由は、この不思議な縁と安心感だった。


「家そのものは古いので、建物は解体更地にしていただいて構いません。ただ、解体する際は呼んでください。両親と私達が暮らしたこの家を最後に見届けたいと思います。」


宮田は頷いて

「もちろんです、その時はぜひ3人でお越しください。」


「父が愛した家です。家は建て替えますが、土地だけでも大切にしていただければ嬉しいです」

純子が静かに話す。


「我々も新しい家を建てるにあたり、この土地の歴史を大事にしたいと思っています」

宮田は真摯に答えた。



契約当日。

宮田夫妻と宮田の両親と、山村家の3人が集まり、慎重に書類に署名を行った。



契約から5カ月が経ち、引き渡しも無事に終わり、その1カ月後、全員が見守る中、40年の歴史に幕を閉じ、家は解体され更地になった。


宮田夫妻は近隣の大学病院で忙しい日々を送りながらも、新居完成に期待を膨らませている。


村上は売主と買主双方の幸せを願いながら、静かにこの縁の不思議さを感じていた。



縁は人を繋ぎ、歴史は新しい物語へと引き継がれていく。

この街の、ささやかな奇跡の一つとして。



次回第20話「全室空き部屋のアパートを買いたい男性」お楽しみにお待ちください♪

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町の不動産屋【なごみ不動産】 仮称CML不動産 @CML_REALESTATE

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