第18話 水音に、心ほどけて

第18話 水音に、心ほどけて



それは、入居初日の夜のことだった。


32歳の会社員・山村真理(やまむらまり)は、新居のアパートで荷ほどきをしていた。

期待と不安が入り混じる中、ふと、キッチンから「ポタ……ポタ……」と異音が聞こえた。


「え……水漏れ?」


慌てて確認すると、シンク下のパイプから水が滲み出していた。

タオルで拭いても、しばらくするとまた水がにじんでくる。


なごみ不動産お客様センターに連絡したが、今日は日曜日、しかも夜7時30分。修理業者はすべて休みだという。


普通なら『明日の朝に修理業者を手配します』だが——


「今から、そちらに伺います。少しだけお待ちいただけますか?」


電話口で静かに、しかし力強く答えたのは、なごみ不動産・管理部係長の村井聡(むらいさとし)だった。



夜8時過ぎ、工具箱を抱えたスーツ姿の男性が現れた。


「村井と申します。驚かせてしまいましたね。大丈夫、すぐに見ます」


村井はもともと住宅メーカーで現場監督をしていた経験があり、配管や構造に精通している。作業用の軍手をはめ、手際よくシンク下に潜り込む。


「たぶん、接合部のパッキンが緩んでるだけですね。応急処置なら、今すぐできます」


彼の作業は10分ほどで終わった。

ポタポタと響いていた音はぴたりと止まり、真理の不安もすっと消えていった。


「明日、業者さんにきちんと直してもらいますが、今夜は安心して休んでください」


彼はそれだけ言い残し、現場を後にした。



数日後。


真理から、一通の手紙が届いた。


「右も左もわからない引っ越し初日の不安な夜、あの“水音”に心まで濡れそうになっていた私を、村井さんの迅速な対応が救ってくれました。本当にありがとうございました」


その手紙は、社内掲示板に掲示された。


「……やるじゃないか、村井」


社長の宮本(58歳)が感慨深げに声をかける。


「……設備や構造の知識も大事ですが、何より“すぐに駆けつける姿勢”が素晴らしい。安心を売るのが、我々の仕事だからね」


村井は少し照れくさそうに笑った。


「……まあ、元現場監督なんでね。現場が、何より好きなんです」


水漏れは、ただのトラブルではなく——

“人の心をつなぐきっかけ”にもなる。



次回19話「縁を繋ぐ家」は実話を元に作成していますので、楽しみにしていてください!

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