俺の幼なじみはボーイッシュすぎて恋愛対象外(だと思ってた

ナマケロ

〇〇〇

☆登場人物(設定)

• 朝倉 陽翔(あさくら はると)

 高校2年生の平凡な男子。クラスでは目立たないタイプで、ちょっとだけ人見知り。成績は中の上で、運動はやや苦手。素直で優しい性格。


• 七瀬 柚葉(ななせ ゆずは)

 陽翔の幼なじみ。ショートカットで運動神経抜群、口調はサバサバしていて性格も男勝り。中学までは男子に間違えられることも多かった。だが最近ちょっと“変化”が…?




───────────────────────────────────────────────────────────




「なあ、陽翔。あたしのどこが女らしくないって?」


そう言って、柚葉はこっちをにらんだ。

体育のジャージ姿で、いつものように男子のグループに混じってサッカーボールを蹴っていた彼女が、急に俺の方に歩いてくる。

まるで“宣戦布告”でもされたみたいな気分だった。


「え、いや、俺そんなこと言ってないけど?」


「言ってないけど、顔に書いてある。『柚葉は相変わらず男っぽいな〜』って顔」


「読心術かよ…」


「読まれたくなかったら、表情筋鍛えろ。顔に出すお前が悪い」


何故か説教されている。俺が悪いのかこれは。


柚葉――七瀬柚葉は、俺の幼なじみで、近所に住んでいる。

物心ついた頃からずっと一緒にいて、家族ぐるみの付き合いだし、なんなら小学生の頃までは「将来結婚しようね」なんて、ありがちな約束もした。

……まあ、それは子どもの戯言でしかないけど。


中学、高校と進むにつれ、柚葉は“女の子”というより“男友達”みたいなポジションになっていった。

今でも二人で気軽にファミレスに行くし、夏にはお互いの家でホラー映画を観たりもする。

だけど――恋愛感情なんて、微塵もなかった。


少なくとも、俺の方は。


「お前さ、たまにはスカート履けよ。女子なんだし」


「なにそれ偏見? 着たい服を着てるだけだし」


「……うん、まあ。そりゃそうだけど」


サバサバした口調で切り返す柚葉に、俺は苦笑いを浮かべた。

たしかに、柚葉は可愛いってタイプじゃない。けど、すごく自然体で、居心地がいい。

だから、たぶん俺は恋愛の対象として彼女を見てこなかったんだと思う。


「……で? 今日もまたうち来る?」


「んー、どうしようかなー。宿題終わってないし」


「終わってないって、どうせ英語の課題でしょ? 教えてやるからさ、来なよ」


「お前ってほんとズルいよな。そういうとこだけ優しいの」


柚葉はちょっとだけ目を細めて、笑った。

その笑顔が、ほんの一瞬だけど――なぜか、ドキッとした。


(……え?)


なんだ今の。なんか変だ。

俺、今――柚葉に“ときめいた”?


***


「……でさ、今日、陽翔に言われてムカついたんだよね」


「へー、何て言われたの?」


翌日の放課後、柚葉は女子のグループと話していた。

俺はその会話を聞くつもりなんてなかったけど、帰り支度をしていた教室で、偶然耳に入ってきた。


「なんかね、『たまにはスカート履けよ』って言われたんだよ。女扱いされてない感すごくない?」


「え〜それ、逆に気にしてるってことじゃないの?」


「ないない。アイツ、私のことマジで男だと思ってるから。恋愛対象外ってやつ」


「ふーん……でもさ、柚葉って意外と顔整ってるし、髪の毛伸ばしたらイケるんじゃない?」


「いやいやいや、絶対ムリ。似合わないし。てか、今さら女っぽくするの恥ずかしいし」


「――でも、意識してるんでしょ? その言葉、気になってるってことじゃん?」


柚葉は――なにも言わなかった。

その沈黙が、逆に答えのように聞こえた。


俺は、聞いてはいけないものを聞いた気がして、そっと教室を出た。


***


そして週末。

俺はいつものように、柚葉の家で英語の宿題を教えていた。

……のだが。


「……お前、今日なんか変じゃね?」


「え? な、なんで?」


「いや、なんとなく。落ち着きないし、顔赤いし」


「いやいやいや、赤くないし」


「……んー?」


柚葉が怪訝そうな顔をする。

けど、それもすぐに元通り。俺たちは、いつもと同じ空気の中で、ふざけあって、笑って、夕方を過ごした。


だけど、帰り際。

玄関で、俺は――思わず口に出してしまった。


「……髪、伸ばすのって、やっぱやだ?」


「えっ?」


柚葉が振り返る。その顔には驚きが浮かんでいた。


「いや、その……この前の会話、ちょっとだけ、聞こえてたっていうか……」


「……ああ」


しばらく沈黙が続く。


そして――


「伸ばしてみようかなって、ちょっと思ってる」


柚葉は、小さな声でそう言った。


「え?」


「ほら、あたしも女の子だし……。たまには、そういうのも……アリかなって。思って、る。かも」


顔を真っ赤にして、目をそらす柚葉。

そんな姿――初めて見た。


「あー! やっぱナシ! 今のナシ!」


「いや、待て待て、ちょっと待て柚葉!」


「忘れて! 今の全部なかったことにして!」


逃げるように玄関の扉を開けようとする柚葉の腕を、俺は思わず掴んだ。


そのときだった。


「……陽翔はさ、もしあたしが、ちゃんと“女の子”になったら……どう思う?」


唐突な問いかけ。

その声は震えていて――でも、真剣だった。


俺は、ゆっくりと答えた。


「……たぶん、好きになると思う」


沈黙。


長い、沈黙。


でも、そのあと。


「……バカ」


柚葉は、少しだけ泣きそうな顔で、笑った。



───────────────────────────────────────────────────────────



「ほんとに、伸ばすのか?」


「……うん。まあ、ちょっとだけ、ね」


その日から、七瀬柚葉は髪を切らなくなった。


といっても、それほど劇的な変化ではない。

元々ショートカットだった髪が、少しずつ耳を隠すようになり、首筋にかかるようになってきた、というだけ。


でも、それだけで――柚葉は少しずつ“女の子”らしくなっていった。


「陽翔、これ似合う?」


ある日、昼休みに柚葉が髪留めをつけてきた。

クリップのような小さなピンで、前髪を少し横に流している。いつもなら無造作に垂らしていたのに。


「お、おう。いいんじゃないか?」


「ふーん、そっか」


「……あのさ、お前、最近どうしたんだ?」


「なにが?」


「いや……やたら気にするじゃん、そういうの」


柚葉は、少しだけ視線を外して、口を尖らせる。


「気にしちゃダメ?」


「いや、ダメじゃないけど……」


「なら、いいでしょ」


それきり、柚葉は話題を変えた。

でも、俺の中ではなにかが引っかかっていた。


***


「なあ、七瀬って、最近ちょっと可愛くなったよな」


放課後。男子の何人かが、俺のすぐ後ろでそんな話をしていた。


「髪伸びてきて、雰囲気変わったよな。前はマジで男だと思ってたけど」


「運動できるし、顔はけっこう整ってるしな」


「ワンチャン告るのアリじゃね?」


俺は、妙な焦りを感じていた。


それがなんなのか、すぐには分からなかった。

ただ――「取られたくない」という感情が、心の奥でジワジワと膨らんでいた。


***


「柚葉って、好きな人とかいるの?」


ある日、クラスの女子がふと聞いた。


「……んー、どうだろ」


「えー、いないの?」


「いるかいないかで言えば……いるかも」


「誰誰!? 同じクラス? 知ってる人?」


「秘密」


そのとき、柚葉の目が――一瞬だけ、俺の方を見た。


俺の心臓は、一気に早鐘を打ち始める。


(……まさか、俺? いや、でも、そんなはず……)


だけど、その“まさか”が、頭から離れなかった。



───────────────────────────────────────────────────────────



「……あのさ、陽翔」


下校途中、並んで歩く道すがら、柚葉がふいに口を開いた。


「今度の週末、ヒマ?」


「ん? たぶん空いてるけど」


「じゃあさ……ちょっと、出かけない?」


「どこに?」


「映画。前に予告だけ見てたじゃん。あの、青春系のやつ」


「……え、あれ見たいの?」


「べ、別に……暇つぶしっていうか、まあ、なんとなく?」


顔を赤らめながら目をそらす柚葉。


そんな態度が、あまりにも“普通の女子”すぎて、俺はちょっとだけ戸惑った。


(デート……じゃないよな?)


そんな言葉が脳裏をよぎったのは、もはや自然な流れだった。


***


週末。

俺と柚葉は、映画館の前に立っていた。


「お前、なんでそんな服持ってんの……?」


「は? 何その言い方。別に普通でしょ」


柚葉は白いブラウスに黒のスキニーパンツ、足元はスニーカー。

普段のジャージやパーカー姿からすると、明らかに“意識してる”服装だった。


髪はいつもより丁寧にセットされ、ピンもついていた。


「……似合ってると思う」


「っ……あ、ありがと」


素直に褒めた俺に、柚葉は視線を泳がせながら、小さな声で礼を言った。


映画の内容は、まあまあだった。

高校生たちの恋愛模様がメインで、俺と柚葉が観るには、少し照れくさいシーンも多かった。


隣で座っている柚葉が、ふと身じろぎをして、俺の腕にほんの少しだけ触れた。


(なんだこれ……めちゃくちゃ意識してる……)


映画の内容よりも、俺は柚葉の横顔ばかり気になっていた。


***


映画の帰り道。

駅前のベンチに並んで座って、柚葉が小さな声で言った。


「なんか……あたし、ちょっと変わったでしょ」


「うん。変わったと思う」


「……嫌?」


「嫌じゃない。むしろ、ドキッとした」


柚葉は驚いた顔をした後、すぐに俯いて、照れ隠しのように笑った。


「陽翔ってさ……昔から、変わらないよね。あたしにだけは」


「……それ、悪い意味?」


「逆。安心するって意味」


「……そっか」


沈黙が、心地よく流れた。


けれど、そのとき――通りすがりの男たちの視線に、俺は気づいた。


「なんか、あの子可愛くね?」


「ショートだけど、顔整ってるし。声かけてみる?」


「やめとけよ、隣に彼氏いるじゃん」


彼氏――?


そう呼ばれたことに、妙に動揺している自分がいた。


***


その夜。

家に帰ったあと、俺はなかなか寝つけなかった。


布団の中で、柚葉の笑顔や、ピンで留めた前髪や、ちょっと揺れるイヤリングの記憶が、何度もリフレインしていた。


そして――気づいた。


俺は今、

七瀬柚葉を“女の子”として見ている。

それどころか――好きになりかけてる。


いや、もう――好きなのかもしれない。



───────────────────────────────────────────────────────────



「なあ、陽翔。あんたって、柚葉のこと好きなの?」


唐突な問いかけに、俺は口の中の水を盛大に吹き出した。


「げっ、な、なに言ってんだよ、佐倉……!」


「だってさ、最近ずっと一緒にいるし、柚葉もなんか女の子っぽくなってるし」


佐倉美琴は、クラスの女子の中でも情報通というか、他人の恋愛模様に首を突っ込みたがるタイプだ。

とはいえ、そこに悪意があるわけじゃない。彼女なりの好奇心なのだろう。


「……好きとか、そういうのじゃない」


「ふーん。じゃあ、柚葉が他の男子に告白されても、何も感じないんだ?」


「……」


答えに詰まった俺の反応に、佐倉はにやっと笑った。


「やっぱ、図星だ」


そう言い残して去っていった佐倉の背中を見ながら、俺は自分の胸の奥を探る。


(……俺は、どうしたいんだ?)


***


「陽翔。明日、ちょっと付き合ってくれない?」


放課後、柚葉が声をかけてきた。


「ん? また映画か?」


「違う。買い物。靴、欲しくて」


「お前が俺と買い物って、珍しいな」


「……誰とでもいいわけじゃないし」


その言葉に、思わずドキリとした。

けど、同時にどこか引っかかる気持ちもあった。


“俺はただの幼なじみで、付き合いやすいだけなんじゃないか”という疑念。


(……なんか、距離が近いようで、遠い)


***


ショッピングモールのスニーカー売り場。

柚葉は何足かを試着して、鏡の前で足を見比べていた。


「これどう思う? こっちのほうが似合ってる?」


「うん、こっちのがいいかも。お前の雰囲気に合ってる」


「雰囲気、ってなに?」


「元気で、動きやすそうな感じ? そういうのが、お前らしい」


柚葉は一瞬だけ笑って、それからまた鏡に視線を戻した。


「……そうだよね。あたしって、やっぱそう見えるよね」


「ん?」


「いや、なんでもない」


その日、柚葉は結局、靴を買わなかった。


「気に入ったのなかったの?」


「……迷っちゃってね」


曖昧な笑顔が、どこか寂しげだった。


***


その夜、俺のスマホにメッセージが届いた。

送り主は、柚葉ではなかった。


《七瀬って、最近女の子らしくなってきたよなー。狙ってるやつ多いっぽいぞ》


《お前、幼なじみだし、ワンチャンあるんじゃね?》


《俺も誘ってみようかなって思ってるけど、どう思う?笑》


それは、男子のグループチャット。

ふざけ半分のノリだったけど――俺の心に刺さった。


(……柚葉が、他の誰かに取られるかもしれない)


そう思った瞬間、自分の中にある強烈な感情に気づいた。


嫉妬。

焦り。

そして、何より――


**「好きだ」**という気持ち。


でも、俺には自信がなかった。


柚葉は俺のことを、ただの“幼なじみ”として見てるんじゃないか。

今さら恋愛対象になんて、思われてないんじゃないか。


自分から関係を壊すのが怖くて、動けなかった。


***


その数日後。


「ねえ、陽翔。相談、乗ってくれる?」


そう言って柚葉が切り出したのは――


「実は、他のクラスの男子に告白されて……」


という言葉だった。



───────────────────────────────────────────────────────────



「他のクラスの男子に告白されて……どうしたらいいか、迷ってて」


放課後の図書室。俺たちはいつものように並んで座っていた。


俺の心臓は、さっきからずっと不規則に脈打っている。


(……笑って「よかったじゃん」って言えるわけない)


けど、それを口に出す勇気もなかった。


「……そいつ、どんなやつ?」


「真面目な人。生徒会で副会長してる。優しいし、話してて落ち着く感じ」


「へぇ」


俺の声は、思っていた以上に冷たくなっていた。


「でも……」


柚葉は、机に視線を落としたまま続けた。


「その人といると、すごくちゃんとした女の子にならなきゃって、無理しちゃう感じがする」


「……お前らしくないって思うんだ?」


「うん。陽翔といるときのほうが、自然でいられる。気取らなくていいし、無理しなくていいから」


「じゃあ、断ればいいじゃん。無理に付き合う必要なんて――」


「……でも、陽翔は、どう思うの?」


その問いかけに、俺は言葉を詰まらせた。


「もし……あたしが、他の人と付き合ったら……陽翔は、何とも思わない?」


ずるい質問だった。


けど、それを“ずるい”と言えないくらいに、俺は答えに困っていた。


「……そりゃ、ちょっとは……複雑だけどさ」


「ふーん。ちょっとだけ?」


柚葉はそう言って、いたずらっぽく笑った。


けど、その目は――どこか寂しそうだった。


***


それから数日、柚葉とは少しだけ距離ができた。


「最近、七瀬と話してないね」


クラスメイトにそう言われて、俺は曖昧に笑った。


話してないわけじゃない。

けど、“気軽に話せる空気”じゃなくなっていた。


俺が意識しすぎて、普通に接せられなくなっていたのだ。


***


「陽翔。ちょっとだけ、いい?」


ある日の放課後、柚葉が教室の外に俺を呼び出した。


「決めたの。返事、することにした」


「……そっか」


「断る」


「……え?」


俺は思わず聞き返した。


「やっぱり、好きじゃない人とは付き合えない」


「それって……」


柚葉は、俺をまっすぐに見つめた。


「陽翔が……好きだから」


その瞬間、時間が止まったように感じた。


「ずっと前から、気づいてた。でも言えなかった。

“幼なじみ”っていう関係を壊すのが怖かったから」


俺の心が震えた。


「俺も……同じ気持ちだ。

お前が他の誰かに取られるのが、怖くて怖くて……でも、何も言えなかった」


柚葉の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。


「じゃあ……ちゃんと、言ってよ」


「……好きだ、柚葉」


「うん、あたしも」


俺たちは、ようやく同じ場所に立った。


もう、“幼なじみ”という壁は越えたんだ。



───────────────────────────────────────────────────────────



告白を交わしてから、俺と柚葉の関係は、少しずつ――でも、確実に変わっていった。


今まで通り、気軽に話せる。でも、どこかで“特別な距離感”が生まれている。

お互いの存在が、以前よりもずっと大きく、そして繊細になった。


たとえば――


朝、校門の前で待ち合わせして一緒に登校するようになった。

最初は照れくさかったけど、今ではそれが当たり前になってきている。


「……なあ、今日の柚葉、なんか可愛くね?」


「うっわ、ホントだ。髪、ちょっと巻いてる?」


「七瀬って、ちゃんと化粧すれば超美人説あるよな」


そんな男子の声も、最近よく耳にするようになった。


柚葉はそれを聞いて、あからさまに恥ずかしがっていたけど――

俺は、ちょっとだけ優越感を抱いていた。


(だって、こいつはもう俺の隣にいるから)


***


付き合ってるって、ちゃんと言ったわけじゃない。

でも、俺と柚葉の関係は、クラスの中では“そういう感じ”として認識され始めていた。


「ねえ、マジで付き合ってんの?」


佐倉美琴が昼休みに詰め寄ってきた。


「……まぁ、そういうことになった、かな」


「うわぁ〜〜〜! 先越された〜〜〜〜!」


「何が?」


「私、てっきり柚葉は最後まで“幼なじみ止まり”だと思ってたんだよ! ラブコメってそういうテンプレあるじゃん!」


「現実はテンプレ通りじゃないんだよ」


俺が苦笑すると、佐倉は興味津々な顔で訊ねてきた。


「で? 手、つないだ?」


「えっ」


「キスは? 初デートはどこ? プレゼントは? 進捗報告!!」


「お前、情報屋の自覚ありすぎだろ……」


***


放課後、俺と柚葉は並んで歩いていた。


「……なあ」


「ん?」


「今日さ、佐倉に色々言われた」


「進捗聞かれた?」


「うん。“手、つないだ?”とか」


柚葉は吹き出すように笑った。


「まー、そうだよね。私も言われた。『あんた、もうちょい女の子っぽくしなよ』って」


「……してると思うけどな」


「ホント?」


「少なくとも、俺の目にはそう映ってる」


その瞬間、柚葉の顔が赤くなった。


「じゃあ……陽翔の目にだけ、そう見えてればいいや」


その言葉が、やけに胸に響いた。


***


交差点の前で信号を待ちながら、ふと、柚葉が手を差し出してきた。


「……つなぐ?」


「えっ」


「手」


「あ、ああ……うん」


その手は、少しだけ冷たかった。

でも、握った瞬間――不思議と温かさが伝わってきた。


人ごみの中、俺たちは黙って手をつないで歩いた。


何も言わなくてもいい。

ただ、こうして“つながっている”ことが、何よりの証だった。


(ああ、俺……本当に好きなんだな)


そう実感した瞬間だった。



───────────────────────────────────────────────────────────



初めて柚葉に出会ったのは、小学一年の春。

近所の公園で、泥だらけになって戦隊ごっこをしてたときだった。


「お前、ブルーな! あたしはレッド!」


ずかずか割り込んできた彼女に、俺はぽかんと口を開けて、

「……女の子なのに、レッド?」とつぶやいた。


そのときの柚葉の返事は、今でもはっきり覚えている。


「レッドは一番カッコいいんだもん。女とか関係ないでしょ!」


――そう言って、満面の笑みで笑ってた。


***


そして今。


高校の帰り道、薄暗い夕暮れの道を、柚葉とふたりで歩いている。

手をつないで、黙ったまま。

けど、その沈黙が心地よかった。


「なあ、柚葉」


「ん?」


「俺さ……お前と出会ってからずっと、“幼なじみ”っていう関係に甘えてた気がする」


「うん」


「でも、本当は最初から惹かれてた。小さい頃から、ずっと。

気づいたのは最近だけど……好きだったんだ、お前の全部が」


柚葉はゆっくり立ち止まり、俺のほうを向いた。


「私も。

ずっと“恋愛対象外”だって思われてるんだろうなって、あきらめてた。

でも、本当は――ずっと陽翔だけだったよ」


ふたりの距離が、自然と近づいていく。


通り過ぎる車の音も、風の音も、遠ざかっていった。


そして、ほんの少しだけ首をかしげて――柚葉が、そっと目を閉じる。


俺は、それに応えるように――初めて、唇を重ねた。


***


そのキスは、たぶん不器用で、たぶんちょっと湿ってて、

お世辞にもロマンチックとは言えなかったかもしれない。


けど。


“幼なじみ”という時間を経て、

“好きな人”になって、

今、ようやく“恋人”になった。


その瞬間は、どんな映画より、どんな小説よりも――確かで、温かかった。


***


翌朝。


駅のホームで、柚葉は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「こうして登校すると、もう“付き合ってます”ってバレバレだよな」


「うん、まぁね」


「それでも……いい?」


俺は少し笑って、柚葉の頭をぽんぽんと撫でた。


「むしろ、みんなに見せつけてやろうぜ。俺の彼女、めっちゃ可愛いって」


柚葉は顔を真っ赤にして、俺の腕を小突いた。


「……バカ」


けど、嬉しそうに笑ってた。


そして電車が来るまでのわずかな時間――


俺たちは、手をつないだまま、ずっと静かに寄り添っていた。





TheEND




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俺の幼なじみはボーイッシュすぎて恋愛対象外(だと思ってた ナマケロ @Namakero12

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