第10話(最終話)「今日も隣で、七味をかける君」
グルメフェスから数日後。
イベントが大成功だったこともあり、社内ではちょっとした“七味ブーム”が起きていた。
社食に「選べる七味コーナー」が設置されたり、
唐辛子農家とのコラボ企画が立ち上がったり――
七味さんは、なぜか若干照れたような顔でこう言っていた。
「流行るのは嬉しいけど……自分の“好き”が広がると、少しだけさみしくもあるね」
でも俺は思う。
それでも、あのブースを一緒にやってよかったって、心から思ってる。
* * *
昼休み。
デスクで弁当を広げると、隣の席から、いつもの声。
「田中くん。今日の七味、試してみる?」
「え、また新しいのですか?」
「うん。“柚子と山椒と焙煎唐辛子の黄金比ブレンド”。自分で混ぜた」
「また名前からしてクセが強そう……」
「でも、田中くんにはきっと合うと思って」
その言葉に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
俺だけの味、みたいで。
ふたりでいつものように、弁当を食べながら七味をかける。
ちょっと辛くて、でもあとを引く。
香りが鼻に抜けて、気づけば心がほぐれてる。
「あ、うまい。これ、ほんとにバランスいいですね」
「ふふ、やっぱり。ね、田中くん」
「はい?」
「これからも、ずっと一緒に七味かけて食べていこうね」
「……」
俺は一瞬だけ、言葉に詰まって、でもすぐに笑った。
「もちろんです。“七味仲間”ですから」
「そっか……うん、仲間、だね」
七味さんはそう言って、いつものように七味をふりかける。
それが恋なのか、友情なのか、
答えはまだわからない。
でも――
“今日も隣で七味をかけている君がいる”
そのことが、たまらなく心地いい。
そして、俺は今日も七味をひとふりする。
君と一緒に食べる、この時間が続くようにと願いながら。
七味さんはかけたがる ベル @bell_6
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