04 襲う赤文字

 窓からのオレンジ色の光が照明代わりになっている、星座や雲の資料がいっぱいの部屋。

 少年は隅っこのベッドに寝転びながら、ただただスマホを見つめていた。


「あー、後藤たち、ここねにあんなんやって何が楽しいん! マジでムカつく!」


 つい怒鳴り気味な独り言。こんなに腹がたったのは久しぶりだと、少年―井下ヒナタはさっきからずっと感じていた。

 ⋯⋯やっぱり、やっぱり俺って、ここねが⋯⋯

 ハッと我に返り、顔をブンブン横に振るう。

 ダメだ⋯⋯今は、集中しないと!

 ヒナタは両手でパンパンと2回頬を叩いて、スマホで「天操予」を起動した。


「ふー⋯⋯よし、明後日以降は⋯⋯」


 メモ帳を取り出して、一日、一日ずつ天気の情報を記入していく。

 自分のための行動じゃない。でも、このことを教えてあの子から「ありがとう」って微笑みながら言ってくれたら⋯⋯


「無駄なことではないよね、ゼッタイ」


 ヒナタはスマホに注視して気づくことはなかった。またここねのことを考えてしまい、自分がニヤついていること。

 そして、瞳が少しずつ青色に染まっていくことも。



「へぇー、すごそうなアプリはっけーん」

「⋯⋯ん?」


 突然スマホから声が聞こえ、ヒナタは思わずベットから起き上がる。

 スマホを両手で持ち上げた瞬間、それは灰色に強く発光した。


「う、うわぁぁ!!」


 叫ぶんですぐ、光の中から何かが飛び出してきた。

 ヒナタは目を開けて、その正体が『Abnormal app usage+weather app』と書かれた赤い文字だと理解した。


「w、e⋯⋯ウェザー? 『天気』?」


 11歳のヒナタにやっと読める単語はそれとappだけ。


 すると、宙に浮かんだアルファベットがグッと固まっていき、小鳥のような形に変形した。

 そしてヒナタが驚きの言葉を出す前に、彼に正面から突進した。


「うっ!⋯⋯」


 スマホが手からこぼれ落ちるとともに、ヒナタはベットに思いっきり倒れた。

 小鳥のようなものが、ヒナタの体に完全に入り込んだのだ。


 少し時間がたって、彼は再び目を覚ました。そして一人でしばらく笑っていた。

 右目の瞳が青、左目の瞳が灰色の状態で。



* * *

 


「ちょっとここねー『出ていけ』はないでしょー」

「だ、だって! よく知らないけどそんな命がけのこと、ゼッタイしないから! だから帰って! はーやーく!!」


 ルッテくんに「ことリテ」のお役目実行の契約を無理やり結ばれて数分後。

 玄関にてわたし・ここねは彼を外へ、彼はわたしを家の方へ押し合っていた。

 ふーんっ!!!

 よし、今のところ、わたしの方が押し勝ってる! あと、ちょっと!


「さっきも言ったけど、『ことリテ』なのはここねだけなんだって」

「そんなこと⋯⋯ないでしょ!」

「うわっ!」


 ふんっ!!! ⋯⋯あっ!

 ようやく外に追い出せたけど⋯⋯彼に尻もちつかせちゃった。そこまでしようとは⋯⋯

 ルッテくん、「いって⋯⋯」と呟きながらキリッと鋭い目でわたしを睨んでる。

 

「⋯⋯ごめん、ルッテくん」

「はぁールッテって呼び捨てにして、昔みたいに。それで今回は許す」

「分かった、⋯⋯ルッテ」


 今度はわたしが手を伸ばす。

 ルッテく、いやルッテを起こすと同時に、「夕焼け小焼け」が聞こえてきた。


「でもとりあえず、そのお役目はゼッタイにやらな」


 急な怒鳴り声で言い切れなかった。気のせいかもだけど彼の眼差しがほんの一瞬、悲しそうに見えた。


「とりあえず聞け、お役目やる・やらないに関係なく」

「⋯⋯はい」



◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯ △ ◇ ◯



 鈴野家、2階のわたしの部屋。ママがいつ帰ってきてもすぐにルッテが見つからないように移動したの。

 

「まず、スマホの中には一台一台にゼンマーっていう生命体がいる」

「ぜんまー?」

「うん、カタカナでゼンマー。奴らは人間がスマホを使に、その体を自分で操ることができるんだよ」

「ウソでしょ、そんなこと」

「ウソじゃない! そして人を操ったゼンマーを倒して、人間が人間として生きるようにするのが『ことリテ』のお役目なんだ」


 ちょっと待って、スマホって今の時代ほぼみんな持ってるじゃん。

 そのゼンマーが一台ずついるなら、キリがないんじゃ⋯⋯

 それに⋯⋯


「倒すってどうやって?」

「奴らはスマホの力を使う。対抗するにはこっちもスマホの力しかない」


 予想通りだった。ルッテはポケットから赤色のスマホを出したんだ。

 「ひぃっ」って叫んじゃったけど、話の流れ的に覚悟はできてたから気絶まではしない。けど、やっぱり15秒も見てられない。


「スマホがコワいってのはよく分かる。でも、『ことリテ』であるここねがしないと、サイアクの結果⋯⋯」

「ほんとにわたし、だけなの? 『ことリテ』って」

「⋯⋯一種の生物に一体しか、『ことリテ』はこの世に存在できない」


 ウソは言ってない。彼の表情からそう感じた。

 やらない。そう言いたい。けど今の話じゃ、言えるわけないよ。



「だからね、お役目やってくれるなら3ついい事を考えた」


 え?

 急にルッテが最初会ったような明るい声に戻ったから、思わず顔を上げちゃった。


「まずおれも一緒に戦う。『ことリテ』じゃないけどサポートはいくらだってできるから。これが一つ目!」

「それ、いい事なのかな?」


 と、下からドアが開く音と「ただいまー」の声がした。マズい、ママにバレちゃう!


「で、二つ目と三つ目は? はやく教えて!」

「まぁまぁ、そんな焦らずにさー」

「焦って!!!」


 水色髪の子なんかと一緒にいたら、ママ絶対心配しちゃうもん!


―――ドン、ドン、ドン⋯⋯


 まって、階段登ってきてる! もっーはやく、はやく教えて!


「二つ目と三つ目はーゼンマーを倒すごとに⋯⋯」

「うん! 倒すごとに?」

「りん⋯⋯あ、やべ」



 ガチャッ、と扉が開いてつい目がそっちに向かう。

 なんてこの状況を説明したら⋯⋯ママの笑顔を見て、すぐそう考え始めたんだけど⋯⋯


「ただいま、ここね。どーしたの、固まっちゃって」

「⋯⋯え?」


 つい数秒前まで、見つめていた所にゆっくり目を移す。

 そこに、レモン色の服を着た男の子はいなかった。

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