第31話 今はまだ(Day31、ノスタルジア)
近所の神社で、今度の土曜に夏祭りがある。
夕方の縁側。弥命叔父さんに、その話をした。
叔父さんは、あ、そ、と興味の無さそうな返事を返して来る。
「叔父さんは、夏祭りでお店出したりしないんですか?」
「しない、しない。そういうのは手出さねぇよ。よく、出す側だと思われるが」
分かる気がする。焼きそばとか作ってそう。
叔父さんは、そういうシチュエーションにぴったり合う。
黒地に、色とりどりの水風船柄のシャツ姿の叔父さんを見ながら、そんなことを思った。見抜かれたように、じろりと睨まれる。
「今、失礼なこと考えてただろ」
「いえ、そんなことは……」
目を逸らすと、叔父さんは溜息をつく。
「ま、良いじゃん、夏祭り。夏っぽくて」
叔父さんの言葉を聞きながら、違和感を覚える。本当はそう思ってないのに、無理やりそう言ってる、みたいな。あんまり話したら、いけない話題だったのだろうか。
「もう、お仕事行きますよね。引き留めてすみません」
僕も部屋に戻ろうと立ち上がって、叔父さんに呼ばれる。
「旭」
「何ですか?」
叔父さんを見れば、何か迷ってるみたいな、不思議な表情をしている。珍しい。
「……いや。祭り行くなら、万寿連れていけよ。お守りって意味もそうだが、喜ぶだろ」
「!そうします」
叔父さんが、いつもの調子で言うのにホッとして、頷いた。
夏祭り当日。
友人のヤマトと真弓と一緒に、縁日を回った。
もちろん、万寿の本体も連れて。
一通り回って、食べたり遊んだりして、日付が変わる頃には解散した。やっぱり、お祭りは気分が高揚する。一人になった後も、提灯が連なる道をのんびり歩いていた。
その内に、見慣れない水辺に行き着く。池だと思うけど、人気は無く、蛍がたくさん飛び交っている。その光に照らされて、透き通った美しい水が見えた。
その光景に、僕は言葉も無く見惚れてしまう。こんな場所、あったんだ。
座れそうな岩があり、僕はそこに座る。淡い光がいくつも浮かんでいるのを、ただ眺めていた。
「綺麗だな……」
見ている内、変な感覚になる。ずっと昔、似たような景色を見たような。でもそれがどこだったのか、思い出せない。酷く懐かしい気持ちになるのに、胸の奥が、何だか苦しい。
夏祭り。夜。蛍。綺麗な景色。
「何だっけ……?」
考える内、頭が痛くなって来た。
「旭さん!」
焦ったような万寿の声が聞こえたと思ったら、世界が暗転した。何も思い出せないまま。
閉店後の
弥命は、ぎょっとして二人を見る。
「どうした」
「分かりません。神社の側にある池で、急に倒れてしまって」
「池?」
呟きながら、弥命は並べた椅子に旭を寝かせ、濡らしたタオルを額に載せる。
万寿は、その寝顔を見やった。
「その池、水が澄んでいてとても綺麗で、蛍もたくさん飛び交っていて、美しい場所でした。旭さんは、座ってその景色を見ていたのですが、何か考えるような、思い出そうとしているような感じになって」
弥命は、ハッとして旭を見る。
「……何か、思い出してたか?」
無意識に、弥命の表情は険しいものになっていた。万寿は、首を横に振る。
「いいえ。その前に倒れてしまいました」
「そうか」
(その景色、まるであの夏祭りの晩の……。思い出そうとしてるのか。いや、直ぐ思い出せねぇ、ってことは、旭が無意識に拒んでんのか)
弥命は旭の前髪を、さらりと撫でた。すると、ふるりと身動ぎして、旭が目を開ける。
「弥命叔父さん……万寿……?」
「旭さん!大丈夫ですか?池で倒れたんですよ」
旭はぼんやりと、虚空を見上げる。
「ここは、俺の店。万寿が運んで来たんだよ」
弥命が重ねて言い、旭はようやく二人の方を向く。
「ありがとう、万寿。叔父さんも、すみません。ありがとうございます」
まだぼんやりしている旭に水を用意しながら、弥命が尋ねる。
「池、綺麗な場所だったんだって?」
その言葉に、旭は頷いた。
「はい。蛍が飛んでて、水も綺麗で……前にも似たような景色を見たような気がして、でも思い出せなくて」
弥命は、旭と万寿から少し顔を逸らして、それを聞いている。
そんな弥命を、旭はじっと見つめていた。
「叔父さんは、こうなることが分かってたんですね」
穏やかに言う旭に、弥命は自嘲気味に笑う。
「分かってねぇよ。エスパーじゃねぇんだ、俺は。普通の人間」
「思い出さない方が、良いんでしょうか」
「何で」
「だって、叔父さん凄く辛そうな顔してます」
弥命は目を丸くした後、いつもの険しさの無い目で笑う。
「旭が思い出したきゃ、思い出せば良い。だが、無理やりはやめろ。前にも言ったが、心身の負荷がデカくなる」
「……分かりました」
「あと、考え過ぎるのもな」
「弥命叔父さん。……僕が何を忘れてるのか、知ってるんですか?」
弥命は、苦笑いを浮かべて口を押さえる。
「口が滑ったか?……まぁいいや。俺は、」
旭は微かに手を上げて、弥命を制する。
「もう何も言わなくて良いです。心配してもらえてるんだなって、嬉しいので。叔父さんを困らせようと思って聞いたんじゃありませんし」
嬉しそうに笑う旭に、弥命も小さく笑った。
「思い出そうが出すまいが、旭がここにいりゃ良いだけだ、俺は」
「え?」
旭は聞き返すが、弥命はもう答えない。万寿は聞こえていたのか、穏やかに微笑む。旭は、万寿に尋ねた。
「万寿、叔父さん何て言ったの?」
「私から聞くより、いつか弥命さんから直接聞いた方がよろしいかと」
「ええ?」
「おい、万寿」
ぎょっとして、弥命は万寿を睨むが、万寿はくすくすと笑うばかり。旭は不思議そうに、弥命と万寿を見比べた。弥命はそんな旭を見て、いつかの夏祭りの夜へ思いを馳せる。今は自分だけが覚えている、美しく苦い夜。
(俺も、焼きが回ったか)
弥命は自己嫌悪の溜息をついたが、万寿に穏やかにからかわれている旭を見るうち、結局笑っていた。
文披31題 剣と盾の怪奇録 六連星碧透 @subaru59
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます