【09】東灘警察署寺山浩一刑事からの取材記録 2025年5月14日(水)

以下は神戸日日新聞社会部記者五十嵐慎哉いがらししんやによる、兵庫県警東灘警察署寺山浩一てらやまこういち刑事への取材時の録音記録である。

尚、録音に関しては、神戸日日新聞社の取材規定に則り、事前に取材対象者からその旨了解を得ている。


***

「寺山さん。お忙しいのに手間かけてすみません」

「ああ、大丈夫や。気にせんとき。

せやけど五十嵐君。

何で今頃になって、あないな古い事件を何件も掘り起こしてんのん?」


「ああ、ちょっと言えんのですけど、個人的な事情がありまして」

「何やそれは。取材やないんかいな。

まあええわ。そしたら最初は平成12年の事件からいこか」

「お願いします」


「消防に事件の通報があったんは平成12年8月3日午前6時11分。

通報者は神戸市立東中学校教諭木村貴裕きむらたかひろ

木村教諭が宿直明けの午前6時頃、朝の見回りの最中に一年三組の教室で同校の制服を着た女子が縊死しているのは発見し、119番通報したとあるな。

ここまでは知ってるよね?」

「はい」


「死亡してたんは同校一年三組の女生徒で、名前は花山沙織はなやまさおり

年齢は当時12歳。

搬送先の病院で両親が身元確認したとあるな。

しかし辛かったやろなあ。縊死した娘の遺体なんか、見たなかったやろうなあ」

「確かにそうでしょうねえ」


「死亡推定時刻は、前日の夜6時から12時の間。

但し花山沙織は前日夜7時半頃、友達に会うと言うて家を出たと両親が証言してるから、家から学校までの距離も考えると、実際の死亡時刻は8時以降ということになるやろな」


「花山さんは、友達に会う言うて家を出たんですか?」

「記録では、そうなってるな。

後から話すけど、ポケベルで呼び出されたんちゃうかな」

「分かりました。続けて下さい」


「花山沙織の死因は頸部圧迫による窒息死。

発見時、教室の窓枠に掛けたロープで首を吊った状態で見つかってるから、死因としては妥当やった訳やが」


「寺山さんのその口振りやと、何か不審な点があったみたいですね」

「まあな。花山沙織の遺体の両手がな、絵具で赤く塗られてたらしいねん。

その結果、他殺の可能性が浮上したようや」


「赤の絵具ですか?」

「そうらしいねん。

報告書によると、遺体の近くに絵筆を洗う大き目の容器が置いてあって、その中に赤い水彩絵具を溶かしたような水が入ってたようやねん。

それに花山の両手を浸けたみたいなんやけど、何でそんなことをしたかは不明やなあ。」


「それで他殺の疑いが出てきて、当時花山さんと交際してた苅田孝雄かりたたかおさんが疑われたんですね?

何でも花山さんの足元に、苅田さんのポケベルが落ちてたとか」


「よう調べたな。

どこからそんな情報仕入れたん?」

「苅田さんの友達やった人から聴いたんですわ。

その方が、当時苅田さんから直接聴いたらしいんです」


「成程な。さすが日日の敏腕記者や。

油断ならんな」

「止めて下さいよ。

それより警察は当時、自殺とも事件とも、はっきりとした結論を出してなかったそうなんですけど、その辺りはどうやったんですか?」


「そうやな。

遺体の近くに落ちてたポケベルの線から苅田孝雄に辿り着いて、本人から事情を訊いたそうや。

当時の少年法では、仮に苅田がやらかしてたとしても、14歳未満の<触法少年>という扱いやったからね。

<触法少年>は刑事事件の対象外やったから、警察署に呼び出して事情聴取という訳にはいかんかったみたいやけどな。

まあ刑事が訪問して事情聴くのも、当時は違法やった可能性もあるねんけどな」


「2007年の改正までは、<触法少年>への警察の調査の可否は、少年法に明記されてませんでしたからね」


「さすがによう知ってるな。

それで苅田は警察の事情聴取というか調査に対して、花山沙織を呼び出したことを頑として否定したらしいわ。

ポケベルも花山が亡くなった当日の日中に、どこかで失くしたと主張したようやな。

日中学校で、何や班でやる夏休みの宿題とかを集まってやってたらしい。

それで家に帰って気づいたら、なくなっとったと主張してたみたいやな」


「宿題してる最中に落としたか、一緒に宿題してた友達の誰かが盗んだ言うことですかね?」

「本人の言うことを信じると、そうなるな」


「それで花山さんがポケベルで苅田さんに呼び出されて、学校に行ったというのは、事実やったんですか?」

「その点は確実ではないんやけどな。

NTTに問い合わせをしたところ、確かに花山が家を出る直前の7時17分頃に、彼女のポケベルに通信が行ってた記録があったらしい。

その記録によると、発信元は苅田の家の近くにある公衆電話からやったんや」


「それだけで花山さんが苅田さんに呼び出されたとは、断定できませんよね」

「確かに状況証拠にもならんな。勿論警察も疑いを持った程度で、苅田が花山を呼び出したと断定した訳やないねん」


「その時の通信内容って、分からなかったんですかね?」

「そこまでは流石に無理やったようやな」


「ですよねえ。

でもそれやったら、花山さんのポケベルに送られたメッセージが、ほんまに学校への呼び出しやったんかどうか分かりませんよね」

それで苅田さんの疑いは晴れたんですか?」


「それが当時の捜査員の間でも、意見が割れたらしいんや。

何しろ苅田のポケベルが花山の遺体の足元に落ちてたし、花山の死亡推定時刻に、苅田のアリバイがなかったからな。

何よりも亡くなった花山沙織の周辺で訊き込みをした結果、本人が自殺するような兆候とか理由が見当たらんかったらしいねん。

遺書も見つからんかったみたいやしな。

それに花山の首に巻かれたロープの出所が不明やってん。

花山の家には、該当するようなロープはなかったらしい。


それで事件説を主張する捜査員もおったらしいねんけど、赤い絵の具が手に着いてたというだけでは、根拠としてはそこまで強くないしね。

花山が自分でやったとも考えられるやん。

ロープかて、自分で前以てどこかで調達してた可能性もあるやろ?

思春期の頃やから、わしら大人には分からん悩みもあったかも知れんし。

何より他殺と断定できる程の証拠も、なかったようやからなあ。

誰かと争った形跡もなかったみたいやしな。


それから苅田孝雄かりたたかおいう子は、記録ではかなり小柄な少年やったらしいねん。

せやから仮に苅田が花山を絞殺したとしても、窓枠から遺体を吊り下げる程の力は無かったんちゃうかという意見も、捜査員の間から出たそうやねん。

それ以前にそもそも相手は13歳の少年やから、刑事事件の対象にすらならんかったしな。

児童相談所に通告するにしても、触法少年という明確な根拠もなかったから、無理やろうという意見が大勢を占めたらしいわ。

結局は事件性不明という、曖昧な形で処理されたみたいやねん。

警察としては法的に、それ以上何も出来んかったということやないかなあ」


「苅田さんは、ポケベルはその日に失くした言うてはったんですよね。

そのことは確認されたんですかね?」


「勿論警察に抜かりはないで。

その日の日中に一緒に学校で宿題してた連中に、訊き込みが入ってるわ。

けど全員、知らんという返事やったらしい」


「その時一緒に宿題してた生徒の名前、教えてもらえませんか?」

「何や、えらい拘んねんな。

けど20年以上も前のことやから、今更新聞で蒸し返されるのも困るねんけどなあ」


「蒸し返すつもりはないんです。さっき言いましたけど、単なる個人的な事情なんですわ。

教えてもらえませんかねえ」

「何か怪しいなあ。まあええわ。

けど蒸し返すのは絶対止めてや」

「寺山さんには、絶対迷惑掛けませんから」


「しゃあないなあ。

ええと、当日苅田と一緒に宿題してたんは、同じ中学の八人。

全員一年生やな。

名前は男子が五人で、外山正志そとやままさし杉村啓司すぎむらけいじ高木翔たかぎしょう紀藤宗也きとうそうや、それから若山優斗わかやまゆうと

それから女子が亡くなった花山沙織はなやまさおり斎藤詩織さいとうしおり森本優香もりもとゆうかの三人となってるわ」


「ありがとうございます。

そしたら花山沙織さんの件について、最後の質問なんですけど。

花山さんの首に掛かってたロープに、血痕が着いてたという話を聞いたんですけど、事実やったんですか?」


「そんな話、誰から聞いたん?」

「実は第一発見者の木村先生からなんです」


「成程な。確かに血痕があったと記録にあるけど。

その先生が花山を下ろす時に、ロープで掌を擦って出血したんが付着したと書いてあるで」


「その血痕の鑑定とかはしてないんですか?」

「そこまではしてないみたいやな。

せやけど、えらい気にしてんな。何で?」


「いや。もし誰かが花山さんを絞殺して、ロープで吊り上げて自殺に見せかけようとしたんなら、その犯人の血痕が着いてた可能性もあるなと思ったんですわ」

「中々想像力逞しいけど、それはないんちゃうかなあ。

それに今となっては、検証のしようもないしな」


「そうですねえ。

そしたら花山さんの件はこれでいいですわ。

次の件に移ってもらっていいですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る