【07】杉村啓司からの取材記録 2025年5月7日(水)

以下は神戸日日新聞社会部記者五十嵐慎哉いがらししんやによる、杉村啓司すぎむらけいじ氏への取材時の録音記録である。

尚、録音に関しては、神戸日日新聞社の取材規定に則り、事前に取材対象者からその旨了解を得ている。


***

「へえ、あんた東中とんちゅうの後輩かいな。

神戸日日新聞の記者やってはんのん」

「はい、社会部の記者やらしてもろてます」


「社会部言うたらあれやろ。

事件とか、事故とかの記事書くとこ。

大変やろうなあ。

取材とかで、あちこち駆け回ってるんやろ?」


「まあ、結構忙しいですね。

おかげでまだ独りもんですねん」


「そうかあ。それは大変やなあ。

それで、今日は何の取材?

正志からは中学時代の話とかいう、漠然としたことで呼び出されてんけど」


「廉井徳夫さんのことをお訊きしたいんです。

杉村さん、廉井徳夫という人のこと憶えてはりませんか?

僕が今回の調査を依頼された紀藤さんからは、杉村さんたちの中学時代の同級生の方やないかということなんですけど」


「紀藤いうたら、僕らの同級生やった、あの紀藤かいな。

あいつ元気でやってんのん?

それより廉井徳夫か。廉井徳夫ねえ。

どっかで聞いたことあるなあ。

廉井徳夫、廉井徳夫、…。

待てよ。あ、思い出した。

それって東中の怪談話の、登場人物やったんちゃうかなあ。

ほら、ようある<学校の怪談>言うやつ」


「学校の怪談、ですか…」

「せやねん。

そうやけど昔からあった訳やなくて、僕らが一年の時に降って湧いた話やってん。

あれは一年の二学期なってからやったわ。

同じクラスに花山沙織はなやまさおりいう子がおってな」


「花山沙織さんのことは、先程外山さんから伺いました。

何でも、学校の中で亡くなったそうで」


「ああ、正志に聴いてたん。それやったら話が早いな。

せやねん。

その花山いう子が学校で首吊って亡くなってるんが、夏休みの最中に見つかって、大騒ぎになったんや。

ところが夏休みが明けた頃に、花山は自殺やなくて殺されたんやいう噂が流れてな。

その犯人が、確か<廉井徳夫>という話やってん」


「それが何で、学校の怪談なんですか?」

「<廉井徳夫>の話が学校の怪談みたいになったんは、多分誰かが話を盛りよってん。

多分盛ったんは若山やと、僕は思ってんねんけどな。

正志、若山憶えてるか?

一年の時、同じ班におったやろ。

そや、金持ちのボンボンの、あいつや」


「この写真、杉村さんたちが中一の時の写真なんですけど。

外山さんからお話聞いた限りでは、この中にはその若山さんていう方がおられないですよね?」


「写真?ちょっと見せて。

ああこれ、中一の校外学習の時に、班で撮った写真やな。

初心おぼこい顔しとんなあ。

これ撮ったんが若山やねん。

あいつ親にええカメラ買うてもろた言うて、自慢しまくってたからな。

校外学習の時に、班の写真撮らせたんや」


「この写真を撮った若山さんいう人が、<廉井徳夫>の噂を流しはったんですか?」

「ああ、そやそや。その話やったな。

<廉井徳夫>の話が学校の怪談みたいになったんは、若山の作り話や思うねんけど、ネタ元はあの頃流行り出した<2ちゃんねる>いう、ネットの掲示板やってん。

その<2ちゃんねる>に<廉井徳夫>のスレッドが立ったんを、若山が見つけよったんよ」


「<2ちゃんねる>に<廉井徳夫>の名前が出てたんですか!

それにしてもその若山さんいう人、よう見つけましたね」


「あんたもそう思うやろ。

あの時代、今みたいにパソコンが普及してた訳でもないし、スマホもなかったからね。

中学生の僕らは<2ちゃんねる>なんて、名前すら知らんかってん。

家にパソコンなんかなかったし、今みたいにネットカフェもなかったから、ネットなんか見たこともなかったしな。


せやけど丁度あの年の5月か6月に、九州でバスジャック事件が起きたん憶えてる?

未成年者がバスジャックして、九州から広島まで行った事件。

確かバスの乗客で、亡くなった人も出たんちゃうかったかなあ。

警察がバスに突入するとこ、テレビのニュースで見た記憶があるわ。


それで、あの時の犯人が<2ちゃんねる>に犯行予告出してたことが後で分かって、結構話題になったやろ。

僕らあの事件で初めて、<2ちゃんねる>いうもんの存在を知ったくらいなんや。

けど若山の家は金持ちやったから、家にパソコンがあって、中坊のくせにしょっちゅう<2ちゃんねる>覗いてたらしいねん。

そこで偶々、<廉井徳夫>のスレッドを見つけよってんなあ」


「そうですかあ。そのスレッドの書き込みは、どんな内容やったんですか?」

「若山の話やから100%は信用出来んねんけど、確か『神戸市立東中の花山沙織は、廉井徳夫に殺された』みたいなことが、はっきりと書き込まれてたらしいねん。

若山の奴、得意になって皆に吹きまくってたなあ」


「それはまた、はっきりとした内容ですねえ。

他に誰か、そのスレッド見た方は、いたんですかね?」

苅田孝雄かりたたかお言う奴が見てるんや。

苅田のことは正志から聴いた?」


「はい、何でも花山さんの死亡について疑われて、引き籠りにならはったとか」

「せやねん。けど<廉井徳夫>の噂が立った頃は二学期も始まったばっかりやったから、苅田もまだ学校に出て来てたんや。

あいつ、花山に関することやから、若山の家で<2ちゃんねる>のそのスレッド見せてもろたて言うてたわ。

せやから、そういうスレッドがあったんは事実やと思うねん」


「けどそうすると、誰が<2ちゃんねる>にそんなスレッド挙げたんやいうことになりますよね。

それって十中八九、当時の東中の関係者で、パソコン持ってる人に限定されることになると思うんですけど」


「確かにそうなるなあ。

もしかしたら若山本人が、<2ちゃんねる>にスレッド書き込んだんかも知れんなあ。

あ、でもそうすると、苅田が見たらあいつが書き込んだこと分ってしまうんか…」


「それにしてもスレッド挙げた人が、そんなことする理由が分かりませんよね。

ほんまに花山さんが誰かに殺されたんやったら、その犯人の名前出したらええだけですやん。

そもそも犯人の名前知ってんねんやったら、警察に言うたら済むだけの話ですよね。

それを何でわざわざ、<2ちゃんねる>なんかに書き込んだんやろう…」


「確かにあんたの言う通りやなあ。

書き込んだ奴が犯人知ってんねんやったら、そいつの名前出したら済むだけのことやわなあ。

それを<廉井徳夫>に殺されたて、一体何の話やねん言うことになるわな」


「結局<廉井徳夫>いう人は、実在しなかったということですかね。

紀藤さんが言われるような、同級生の中の<廉井徳夫>という人物は存在しなかった」

「少なくとも僕の記憶にはないなあ」

「さっき<廉井徳夫>は、<学校の怪談>になったと言わはりましたけど…」


「せやねん。<廉井徳夫>の話には、その後どんどん尾鰭が付いて、変な方向に膨らんで行ったんや。

尾鰭付けたんは、若山で間違いないと思うんやけどな。

どんな尾鰭かというと、<廉井徳夫>言うんは震災の時に亡くなった東中の生徒で、自分が死んだことに気づかんと、夜になったら学校の中を幽霊になってうろついてるいう話やってん。


どこにでもありそうな話やろ?

如何にも作り話ですいうのん、丸分かりやんか。

それで偶々夜に学校に来てた花山が、<廉井徳夫>の幽霊と遭遇して、操られて自殺したいう話に繋げよってん。

荒唐無稽にも程があるわな。

亡くなった花山に失礼やで。ほんま」


「その幽霊話は、僕も中学の時に聴いたことがありますわ。

あれが<廉井徳夫>のことやったんですね」

「ああ、あんたの時代にも、あの話受け継がれとったんかいな。

あの手の話は残るんやなあ。

中学生やから、皆面白がって広めるんやろうけど」


「そうかも知れませんねえ。

けど<廉井徳夫>のことは置いとくとしても、花山さんは自殺やないと思われてたんですね?」


「せやねん。大体、花山が夜のあの時間に、学校に行った理由が分からんやろ?

警察は苅田にポケベルで呼び出されたと考えてたらしいけど、僕は花山を呼び出したんは苅田やないと思うてんねん。

苅田はあの日ポケベル失くした言うてたし、僕も正志もそれを信じてんねん。

多分他の誰かが苅田のポケベル盗んで、花山を学校に呼び出したんちゃうかなあ」


「そうすると、苅田さんのポケベルを盗んだ人間が、花山さんを殺したことになりますね」

「そうなるよなあ。そいつが<廉井徳夫>の名前を騙って、スレッドに書き込んだんかも知れんなあ」


「成程。でもその犯人は、何で<廉井徳夫>いう名前を使ったんでしょう?

ポケベル盗んだんやったら、苅田さんの名前出す方が、筋が通ってる気がするんですけど」

「せやなあ」

「花山さんは自殺やったということは、考えられんのですかね?」


「今となっては、何とも言えんなあ。

あの当時の花山見てると、自殺しそうな感じではなかってんけど、僕らの知らん事情があったんかも知れんしなあ」


「結局警察は、自殺とも他殺とも結論を出さんかったんですよね」

「せやねん。結局有耶無耶のままで終わってしもうたんちゃうかなあ。

少なくとも僕らは学校から、自殺とも他殺とも聞かされんかったんや」


「そのせいで苅田さんが、引き籠ることになったんですよね」

「せやねん。苅田はあの事件のせいで、人生狂わせてしもたなあ。

ほんま気の毒やで。

そもそも苅田のポケベルのこと言い触らしたんも、僕は若山やと思うてんねん。

あいつも花山のこと好きやったから、苅田のことやっかんでたんや」


「ほんま気の毒な話ですねえ。

ところで<廉井徳夫>の名前は、花山さんの一件以外では出て来なかったんですかね?

学校の怪談みたいに語り継がれるんやったら、他にも出てきそうな気がするんですけど」

「いや、実はな。僕が憶えてる限りでは、その後二回、<廉井徳夫>の噂が流れたんや」

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