夏ぞ来ける

田子内紫電

夏ぞ来ける

水無月の すゑの夕べの わがむろは

去年よりもなほ 暑かはしかな


わがむろは 空調設備 あらずして

扇の風も 心もとなし


日は落ちて 月の光の 冷たきに

なほ汗ばめる 肌のくちをし


火もなくに ほてりは満ちて ふすまより

しのび入りくる 夏の夜の気


天つ風 吹きよせぬかと 心寄せ

うちあけし戸に 虫のみぞ鳴く


扇さへ 身を欺くと 恨めしく

仰げど風の 来ぬぞ悲しき


さながらに 消えもやせむと 思ふころ

虫のひとこゑ 我を呼ぶなり


偃して 天井ながむ 夜の更けに

はやも夏かと 思ふこのごろ


汗の玉 かしらをつたひ まくらへと

たまりて冷ゆるは いみじうをかし


虫の音に 夏ぞ来けると 言はるるは

うれしげなれど 吾はたへがたし

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