第28話
浄化をかけながら箒を振り回してゆっくりと南へと進んでいく。このように長時間歩いたことはなかったから、体力の消耗はどんどん速くなった。
「…無理だ。お腹がいっぱいでもう飲めない」
回復効果のあるレモネードを飲み過ぎてお腹がぽちゃぽちゃになった。苦しくなったお腹を押さえて割れた岩に座り込んだ。
土の匂いと植物の青臭い匂いが漂っていた。周囲の森はなぎ倒されて、地面に何本かの亀裂が残っていた。戦いの傷跡が残っていたが、魔物は減らなかった。
(討伐の跡があるのに、魔物は減った気がしない…)
自分の方へ群がる大量の魔物が嫌でも目に入る。終わりの見えない魔物を見て思わずため息を零した。
いつもより魔力を込め、浄化に力を入れると、箒で叩かないと掃除できなかった中型の魔物も一緒に消えた。
元々浄化魔法は少量の魔力しか使わないので、自然回復で賄える。
(これでレモネードを飲み続けなくても体力の温存できる!!)
暫く周囲を浄化し、寄ってくる魔物を全て片付けた。地面に溜まった小山のような砂が土の中に吸い込まれていったのを見てふとその正体が気になった。
(そういえば、凪紗に確認したら、この砂も私しか見えなかった。いったい何だろう?)
鑑定をかけたくて、キョロキョロと魔物を探していると、急に足元の地面が崩れ、箒を持ったまま下に落ちた。
「あっ、ぎゃーー」
受け身を取ることもできずに硬い床の上に落下した。
「っいたたた…ケホケホ」
先に地面と接触したお尻と足に激痛が走る。舞い上がった土煙で思わず咳き込んだ。
「ケホケホ、ヒ、ヒール!」
女神の
耳にぱらぱらと砂が落ちる音がした。目を細めて頭上を確認したら、私の約五メートル上に穴があった。
「頭を打たなくてよかった」
箒を立てて立ち上がり、ライトの光を頼りに暗い穴の中を見回った。
私は今、先の見えない長い廊下に立っていた。反対方向の廊下はすでに崩れていたので、一方通行になっていた。硬い床の正体はひび割れた大理石、その上に敷いていた絨毯らしき物はすでにボロボロになり、隅っこで灰色の塊になっていた。壁はきれいに積み上げられた石レンガにカビや苔が群生し、とても人が住んでいるところとは思えない。
「何らかの遺跡に落ちたかも?って、そんなことより、どうやって出るんだ?」
落ちた穴を勝手に探索して宝を手にすることも、遺跡で偶然に重大な秘密を知ることも、冒険物語にありがちな展開なんていらない。
(冗談じゃない!私はここから出たいです!)
すぐさまインベントリからレモンを収穫する時に使う脚立を取り出した。
「よいしょ…うっそ、全然足りない!」
一番上に立ち、手を伸ばしても出口に届かなかった。下を向くと、遺跡のようなところから瘴気が舞い上がり、外へと流れていくのが見えた。
「はぁ?私がここから出られないのに、瘴気ごときが何を呑気に外へ流れていくの?浄化、浄化、浄化!」
浄化魔法を連発し、軽々と上っていく瘴気に八つ当たりする。
「ん?これは何だ?落書きか?」
魔法をかけながら脚立から降りる時に、石レンガの壁に文字が書かれていたことに気づいた。箒で苔を剥がしたら、その下に隠れていた三行の文字が現れた。
「えー……、読めない」
読めない文字に会うのはこの世界に来て初めてだった。意味は分からないが、精巧な文字が滑らかに彫られていた。落書きではなく意図的にここに書かれた可能性が高い。
そして、すぐにもっと厄介なことに気づいた。
「…瘴気が出ている」
浄化をかけているにもかかわらず、三行の文字から瘴気が漏れ続けていた。そのせいで文字が禍々しく歪んでいるように見える。
浄化してもきれいにできないなら、残りは選択肢はただ一つ。
箒を握りしめ、柄でまっすぐに文字を一突きしてみた。案の定、ボロボロになった壁は耐えられるはずもなく、文字が彫られた石レンガがばらばらに砕け落ちた。
乱暴なやり方かもしれないが、結局これが一番だった。
「なるほど。文字を壊したら瘴気も無くなるんだ」
足元にある欠片から瘴気が消えたのを確認し、内心ホッとしたが、何となく嫌な予感がした。恐る恐る横目で長い廊下の壁を見たら、数メートル先にある文字が目に入った。
「ハハ…だよね。こんな大量の瘴気が全部一か所から出てきたわけがないもんな」
落ちた衝撃で舞い上がった土煙が落ち着いたのに、浄化範囲外の廊下はライトで照らしても相変わらず真っ暗だった。
この遺跡に大量の瘴気が溜まっていたからだ。
「他の出口を見つけるまで壁を砕こうか…」
まだ見えぬ出口を向かって廃れた廊下へと歩き出した。
* * * * *
「アイザワ様、少しお眠りになったほうがいいかと」
サラは心配そうな声で肩にブランケットをかけてくれた。
「ごめんなさい。今は横になっても寝られないと思います」
実は、実和と別行動になってから一睡もしなかった。魔物の増殖は予測よりもはるかにひどかったせいで、今回の遠征討伐は何度か全滅の危機に遭った。
国からの増援が来るまで自分の無尽蔵の魔力を使ってこのキャンプの人々を守るしかなかった。
討伐初日で行方不明になった実和を心配してないわけじゃないが、実和は大丈夫だ。
根拠はない。ただの勘だ。
女神様に聞かれ、自分に必要なスキルは何かを考えた。
『勘が欲しい』
『…未来が見える能力?』
『勘です。はぐれても、何となく居場所が分かるし、元気かどうかも分かる能力があれば、女神様に頼まれたこともスムーズに進むと思う』
『何となくよりも、確実に分かる能力の方がいいと思わない?』
『えー?嫌だ。それはストーカーだよ』
『っわ、分かったわ。その、相応のスキルを付けるよ』
そしてこの世界で自分のステータスを確認したら、スキルに『野生の勘』があった。
おかげで自分の戦闘力を大幅に上げてくれた。実和とはぐれた今も何となく彼女の健康状況が分かるし、少しづつキャンプに近付いてきたのも分かる。
それでも、実和とはぐれたという事実は変わらない。無事に合流するまで気を緩められない。
「実和の服には、討伐バッジをつけていました。これを見て」
討伐依頼を受ける冒険者には、討伐バッチを付けなければいけないルールがある。討伐バッチは倒した魔物の数や種類をカウントするだけじゃなくて、瀕死の冒険者の所在地を示す装置でもある。
それを閲覧できる権利は冒険者ギルドにある。何とか討伐班と合流できた臨時冒険者ギルドの職員が、ギルド会長の命でバッチのデータが読める水晶板を貸してくれた。
魔物を倒せる魔法を持っていないと言い張っていた実和は一人で森の中で大暴れしていた。
「えっ、な、何、これ、え?!」
水晶板を見たサラは固まって絶句した。
小型の魔物から中型の魔物まで、実和は討伐数は間もなく五桁に達する。
(カウントされてるなんて、実和は絶対気づいてないよな)
「…サラさん、これは秘密ですよ」
衝撃で言葉を発せなかったサラは目を開いた状態でこくこくと大きく頷いた。
「アイザワ様」
臨時冒険者ギルドの職員と一緒に逃げてきた医療班の班長のミーヤが小走りで寄ってきた。
「アイザワ様のおかげで負傷者が全員回復しました。本当にありがとうございました!」
ミーヤは頭を深く下げた。
「その言葉、実和に伝えてください。私はポーションを持たされただけです」
私の表情が硬かったせいか、ミーヤの顔も強張っていた。
(当たり前のことしか言ってないけど!)
サラに小さく頷き、一緒に討伐の前線へ向かった。ここにいても時間の無駄だ。
全く休憩してなかったから、テントに強制送還されたが、 やはり実和に会うまで寝れそうにない。
実和が医療テントから離れた事情をミーヤから聞いた。最後の目撃者でもあるジェーンが森の中で実和と交わした言葉も聞いた。
喧嘩してわがままを言った実和が勝手に拠点を離れたように説明された。周囲はそう見えるかもしれないが、納得できなくて反論した。
『怪我しない自信があるから入っただけです。まあ、医療班テントより森の中のほうが居心地がいいかもしれないね』
嫌味を込めて無表情で言い返した。一気に顔色が白くなった医療班の方々を一瞥し、自分のテントに戻った。
実和は理由があって拠点を離れたと予想できる。幼馴染だから分かる。彼女は人の嫌味や妬みに対するメンタルが強い。
そもそも、実和は医療班の人をそこまで気にしてなかった。信頼関係がなかったからだ。
腹が立って前線で一日を過ごした。ひたすら魔法で無限に湧いてくる魔物を潰した。
とにかく早くこの討伐を終わらせたいと思った。
しかし、この討伐は予想よりも手強かった。魔物はいくら倒しても減らなかったし、冒険者たちが疲弊し、総戦力が足りなくなった。周囲の街も巻き込まれる可能性が出てきたので、フェネルはオータム王国に援軍要請を出した。
医療班は大半の物資を紛失したせいで魔力不足とポーション不足に陥った。けが人が治らないことで士気が下がった。
『このまま売るのは全然儲からないから、市販の十倍や二十倍の値段で前線で売りさばいて!』
いたずらっぽくウィンクする実和が目に浮かびながら、歯を食いしばってインベントリにしまっていたポーションをフェネルに全部渡した。
戦力が下がったらおしまいだ。実和と合流するまで踏ん張ってもらうんだ!
異界賢者は新米冒険者 米二合 @okomenigo
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