第27話
気がついたら、日が沈み、森は猛スピードで闇に包まれていった。何の照明も持たずに森に入った私は無理に拠点に戻ることなく、サブスペースに帰り、久しぶりに自分の部屋で一晩を過ごした。
翌朝、昇ったばかりの朝日に照らされ、霧がうっすら漂う森を見渡した。昨日掃除したおかげか、黒い瘴気はほとんどなくなった。森は元の姿に戻ったように見えるが、何となく違和感があった。
(…静かすぎる)
森は静まり返っている。まるで女神の森のようだ。何となく嫌な予感がして、マップを開いた。凪紗は昨日よりも、さらに南に移動したことに気づいた。
討伐が順調に進めば、今日中に拠点に戻り、明日帰る予定だったが、凪紗の所在地から考えると、とても間に合いそうにない。
(早く拠点に戻らなきゃ…)
何かあったかは分からない。冒険者ギルドなら情報が届いていたかもしれない。そう思い、急ぎ足で拠点に戻ることにした。
しかし、森の出入り口の前で濃い瘴気の塊に足止めされた。
「きれいにしたのに、なんでここに瘴気があるの?!」
拠点の瘴気は森から転がってきたので、森の瘴気を一掃した。これで拠点に魔物が現れることはないと思っていたが、目の前の瘴気を見て自分の考えの甘さを痛感した。
インベントリからおばあちゃんの箒を取り出し、素早く瘴気の塊を両断した。拠点への道を掃除しながら進んでいったが、瘴気の濃さは増すばかりだった。
(昨日よりも濃くなってない?)
焦りながら、箒を効率よく振り回して拠点に戻ったが、そこはすでに瓦礫と化していた。医療班のテントが潰され、中の病床もひっくり返された。地面に割れたポーションの破片と倒れた棚から落ちた外傷薬が散らばっていた。冒険者ギルドのカウンターが粉々に破壊され、書類や収納バッグも踏み潰されていた。
「だ、大丈夫ですかーー?怪我した人はいませんか?」
まさかの事態に頭が真っ白になりながらも、震える手で強く箒をにぎり、怪我人が残っているかを確認する。
ガオーー。
(!!)
鼓膜が破れそうに吠える声が後ろから聞こえた。振り返ると、そこに昨日も拠点に現れて大騒ぎを起こしたダークタイガーがいた。
虎の形をした真っ黒の瘴気から見えた不気味に赤く光る目が、獲物を狙い定めるような目で私を捉えている。そのダークタイガーの後ろに仲間が一匹、二匹と、吠える声に呼ばれたかのように集まってきた。
ガオーー。
耳を押さえながら、私に向かってもう一度吠えたダークタイガーにブチ切れた。
「おいコラ!お前たちの仕業だろう?ふざけんなコノヤロー!」
魔物相手にガンを飛ばすのがおかしいのは、頭の中ではわかっているが、どうしても我慢できなかった。
箒を目の前のダークタイガーに突き出した。
「かかってこいよ!木っ端微塵にしてやるからな」
箒に怯えたのか、ダークタイガーが少し後ろに下がった素振りを見せた。
「人の拠点をぐちゃぐちゃにして、ビビってんじゃねぇよ!」
怒りに任せて箒をダークタイガーの群れに振り回した。避けきれなかったダークタイガーは砂となり、大地に還った。
それでも、ダークタイガーの群れは私を囲い、隙を見つけて飛びついてきた。高いジャンプ力を生かして死角から襲ってきたが、女神の
そのおかげでダークタイガーの群れを一人でも簡単に退治できた。
最後の一匹を箒で叩き潰してそのまま地面に座り込んだ。
「ハァ、ハァ…終わった…」
怒りに任せて掃除したが、魔物討伐をやったことのない私には少し荷が重かった。魔物は倒したものの、膝が笑っていて自分の足で立っていられなかった。
深呼吸を繰り返し、何とかうるさく脈を打つ心臓を落ち着かせた。拠点だったこの地を見渡し、人の影が全くなかったことに安堵した。
(生きているなら、またどこかで会えるかもしれない)
瘴気はきれいに払ったはずだったが、今度は東の森から地に這うように少しずつ流れてきた。
終わりの見えない瘴気を睨みつけた。
「呼んでないよ!」
魔物が現れる前に瘴気を払わなければと
思い、疲れた体を奮い立たせて、箒を持って立ち上がった。パントリーからレモネードを取り出してごくごくと飲み干した。
疲れが消え、体が軽くなった。さっきの魔物退治はまるでなかったかのように体力が完璧に回復した。
「よーし、ドーピングも完璧だ」
箒を華麗にさばきながら、躊躇なく東の森に入った。森の中に瘴気が溜まっていたが、魔物も冒険者もいなかった。瘴気を追って進んでいると、進行方向が変わったのに気づいた。
「あれ?なんで?」
マップに示された私の進行方向はいつの間にか南になっていた。しかも、目の前の瘴気はどんどん濃くなっていた。
(焦ることはない。凪紗も女神の
自分に言い聞かせてもざわつく心が落ち着かなかった。両足をトントンと叩き、自分の筋肉に話しかけた。
「これから走るんだ。強くなれ!」
『闇魔法:身体強化を習得した』
軽くジャンプしてみたら、地面から1メートル以上跳ね上がった。体が軽くなったのか、筋肉が強力になったのかは分からないが、今はほとんど体の重さを感じられない。
そして凪紗のいる場所に向かって、一直線に走っていった。スルーできないほどの大きな瘴気は潰すが、今は凪紗たちとの合流が最優先だ。
南の森にも冒険者の人影が見当たらないが、地面にマントや手袋、服の切れ端が落ちていた。ところどころ倒れた幹や燃やされた跡、そして地面にえぐられた穴が残っていた。木にも矢が刺さり、枝葉が真っ直ぐに切られ、血のしぶきのような跡もあった。
鼻にかすむ鉄の匂いが濃くなっていた。早く皆と合流したいが、瘴気の濃さも看過できなくなった。
ゆらゆらと変形し、魔物になりかけた瘴気を踏み潰しながら、箒で飛行型の魔物に向かってスイングした。後ろから飛んできた数匹のダークウルフは砂となり、パラパラと勢いよく四散した。
普通に歩けば魔物が自ら飛んでくるので、掃除は楽々にできるはずなのに、瘴気の量が増えたせいか、魔物の数や種類も増えた。
「ちょっと、タイム!」
倒れた木の幹に腰を下ろした。横には石や枝を投げてくるダークモンキーの群れ、背後にはガラガラと音を立てて威嚇するダークスネーク、頭の上にはぶんぶんと旋回するダークビーの群れがいた。
すっかり魔物に囲まれた私は肉まんにかぶりついた。空の色は暗くなり始めたが、まだ目的地にたどり着いていない。サブスペースに戻って朝を待つこともできるが、瘴気が充満している森を放置できない。
凪紗たちは同じ森の中にいるからだ。
「ごちそうさま!」
すっかり暗くなった森の中を移動するために、照明が必要だ。
(懐中電灯をください!)
「ライト」
手のひらサイズのランタンが浮かび上がった。数メートル先が見えるようになったが、見渡す限り、魔物に埋め尽くされていた。
『光魔法:ライトを習得した』
瘴気がどんどん濃くなっていった。
(追いつかないよ!使えそうな魔法かスキルはないの?)
スキルツリーを確認したら、適性の高い光魔法に、それらしい魔法があった。
「大人しく砂になりなさい。浄化!」
そのスキル名を口にした途端、近くにいた魔物が砂城のように崩れ去った。浄化の輪がどんどん広がって、ライトに照らされた範囲内の魔物はあっという間に消えた。
『光魔法:浄化を習得した』
浄化の力が目に当たり、それを出した張本人は目を丸くして唖然と眺めていた。
「...凄い。言ってみるもんだね」
しかし、浄化できる範囲は広くはない。浄化してもすぐに新たな魔物が寄ってきた。最適な使い方を探る中、浄化は体の大きい魔物には効きにくいことに気づいた。
立ち上がって大声で鳴きながら、私を威嚇してくるダークベアに向かって、再び箒で叩き潰した。
「ふぅ~やっぱり、おばあちゃんの箒しか勝たん」
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