第26話
冒険者ギルドの買取りカウンターの前に長い列ができている。休憩や治療のために拠点に戻ってきた冒険者たちはついでに戦利品を売ることが多いらしい。
魔石の他に、使い方がピンとこない牙や爪、穴の開いた毛皮などが買取り専用のトレイに高く積まれている。
「あ、新しいウェポンニュースじゃん!」
「討伐特別号だ!かっけぇー」
「マジ?俺にも見せてーー」
カウンターに置いてあるフリーペーパーの周りに人だかりができている。ちょうど足元に同じものの備品が積み上げられている。
『ウェポンニュース、大型討伐特別号。今回の討伐で出会えるかもしれないウェポンランカーは?』
フリーペーパーの真ん中に杖の絵が大きく掲載されていた。その杖は白銀色の金属に包まれ、外周に水色と白色の魔石が交互に嵌められていた。杖全体に繊細な彫刻が施され、武器というよりも芸術品に見える。
―――――――――――――
杖ランキング8位
水属性++++
所有者:ルカス(ランクA)
―――――――――――――
(武器ランキングというのはあるんだ!)
杖の他に、剣や弓、槍などの武器情報がぎっしりと掲載されている。発行元には冒険者ライフ向上委員会と書かれている。
杖を使えば、魔力の節約ができるらしいが、凪紗と私の回復が早いので、必要性を感じなかった。攻撃魔法すらない私にはなおさら使い道がない。
(凪紗なら興味があるかもしれないな)
凪紗に似合う杖を想像していたら、急に足元からゾワッとし、身の毛がよだった。ギョッとしてフリーペーパーから目線を上げると、さっきまでなかった瘴気が漂っていることに気づいた。
(なんて?!急に、どこから?)
買取カウンターの前は相変わらず混んでいて、フリーペーパーを手にした人たちが武器の話で盛り上がっている。異常に気づいた人は私しかいなかった。
濃い瘴気の塊も転がってきて、周囲を禍々しく黒に染めていく。
近づいてきた瘴気を思わず手で払った。そうすると、手に触れた黒いそれが蒸発したかのように消えてなくなった。
「へっ?」
突然のことで口から間抜けな声が漏れた。自分の体を見下ろすと、女神の
(…これは普通なの?それとも能力?個人体質?)
フリーペーパーを握りしめて、ひっそりと頭を抱えている間に買取カウンターが急に騒がしくなった。
「ぎゃーーー、ダークタイガーだ」
「おい、魔物が出てきたぞ!」
「装備してない人は下がってろ!」
冒険者ギルドの職員たちも杖を握りしめてカウンターを飛び出した。
(やっぱり、瘴気の濃いところに魔物が出てくる!)
魔物は冒険者と職員たちに任せて、私は目線を巡らせ、濃くなった瘴気の出どころを探す。
(いったい、どこからだ?)
こっそりとカウンターから抜け出して、魔物が出た方向へ回り込んだ。マッピングスキルを開いて方向を確認する。
「凪紗は南方向の森にいる。こっちは…西側の森だ」
拠点の西側にある森は瘴気が漂っていたせいか、とても暗く見えた。濃い瘴気の塊は炎のようにゆらゆらしたり、ぼんやりとした形になりかけたりして、不気味に形を変えている。
(これは…また出るかもしれない。みんなにお知らせしなきゃ!)
拠点に戻ると、冒険者ギルドの職員たちが散乱した書類や倒れた棚を直していた。臨時に組み立てたテントは跡形もなく消えていた。
「イチノミヤ様!こちらにいらっしゃったんですね。ご怪我はありませんか?」
顔見知りの職員が私を見るなり駆け寄ってきた。
「あ、私は大丈夫です!勝手に抜け出してすみません。あの、ここは…いったい…」
(何があってこんなふうになっちゃったんだ?)
かろうじて残っていた露天カウンターに目を向けた。
「これは、急に現れたダークタイガーを風魔法の得意な冒険者パーティーが討伐してくれました。カウンター前の出来事なので、ふせぎようがありませんでした」
魔物が残した傷跡だと思っていたが、そうではなかった。
「冒険者たちは安全確認のために周囲の森へ行きました。私たちと医療班はテントを森から離れたところへ移動しています。イチノミヤ様もそちらに移動していただきたいです」
ここから目視できる遠い場所に人々が慌ただしくテントを組み立てているのが見えた。
「分かりました。では、私もっ」
引っ越しのお手伝いを申し出ようと思ったその時に、急いで戻ってきた理由を思い出してハッとした。
「あの、森のっ…」
(瘴気が濃くなった)
言いかけた言葉を飲み込んだ。瘴気が見えるのは私のみ。それを知っているのは凪紗だけだ。この場で何の根拠もない話を言い出したら、この討伐を混乱させてしまうかもしれない。
「あ、やっぱり何でもないです。え…新しいテントのところへ行きますね。そっちですね!はい!」
急に言葉が乱れ、ぎこちない私を見てギルドの職員が目をぱちくりさせた。
私は軽く会釈して小走りで新しい拠点へ向かった。
(どうしよう、どうしよう…)
魔物はきっとすぐ現れる。でも、それを誰にも言えない。
(…私が、行けばいい…か?)
瘴気が私に触れると消えることを思い出して足が止まった。
(瘴気を手で払う?効率が悪すぎないか?)
最善ではないかもしれないが、試す価値がある。ここで迷う余裕なんてない。そう思い、踵を返した。
(いや、ちょっと待て。誰にも言わずに森に入るのはさすがにまずい)
キョロキョロしていると、見覚えのある人と目が合ってドキッとした。
「…初心者はここでふらふらしないでくれる?迷惑だけど」
ポーションの箱を抱えてテントから出てきたジェーンだった。一瞬気まずそうな表情をしていたが、すぐに不機嫌そうに顔を顰めた。
私もここで引くわけにはいかない。
「あの、森に入りたいです」
「はぁ?初心者のくせに、森に入ってどうするの?」
「え、初心者は入っちゃだめですか?」
「これだから貴族様は困るんだよ!怪我しない自信があれば入れば?」
そう言い捨てたジェーンは苛立ちを隠せない表情でぷいっと立ち去った。
(むっ、貴族じゃないってば!)
仲良くなりたい訳ではないが、八つ当たりだけはやめてほしい。
気を取り直して森の中に踏み入れ、瘴気の濃いところへ歩き出した。
(森に入っていいんだ。だって私…)
地面に張り付いた瘴気を踏みつけ、近づいてきた瘴気の塊を叩き潰した。瘴気が砂となり、辺りが少しクリアに見えた。
「私は怪我しないから!」
アドレナリンのおかげで身体がいつもより軽くなった気がしたが、瘴気に触れた時に感じた気持ち悪さは変わらなかった。
(素手じゃ厳しい…)
両腕の鳥肌をさすりながら、次から次へと湧いてくる瘴気を睨む。一時的に減ったものの、またすぐに新しい塊ができてしまった。
(これじゃ終わらないわ。効率を上げなきゃ)
長めの枝を拾い上げ、試しに瘴気に振ってみた。案の定、枝に触れた瘴気は消えた。
(よっしゃー、これで素手で触る必要もなくなった!ゴミ掃除に最適な道具なら持ってるよ)
「いでよ、箒!」
おばあちゃんが生前愛用していた箒は風通しのいいところに吊るし、ずっと大事に保管していた。
両手でしっかり握りしめ、瘴気の塊を狙いをつけて一つ一つ掃き潰した。みるみるうちに不気味な塊が消え、瘴気が薄く漂う森に戻った。
一汗をかいて太い木の根に腰を下ろした。
「ハァ、ハァ、…やっぱり、おばあちゃんの箒しか勝たん!」
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