第2話 輪廻

「ユリウス様、半日経っても起きませんね」


「儀式の反動でしょう、あの時の神々しいオーラはそう簡単に受け止められる物ではありませんよ?私なんか思わず土下座をしたまま、顔を上げられませんでした」


「私も動けなくなったから気持ちは分かるけど、ユリウス様は儀式の途中で倒れてしまって…本当に心配ね」


「心配は尽きなくても、まだ仕事は残っているしここに長居はできないわ…では、私達はここで失礼しますので残りのお世話はダイリーさん。任せますね」


「ああ、しっかりやっとくからお前達は自分の仕事に戻りな。…ユリウスめ、心配かけやがってよぉ。俺の胃に穴でも開ける気か?困ったやつだぜ」


「ローレンの儀式よりも強いオーラだったが、あれじゃあまるでーー」


「〜〜っ、頭が……」


「ユリウス!目覚めたのか!?」



割れるように痛む頭に合わせ眩む中で天井を見つめるの視界に、見知らぬ大男が映りこむ。



「儂、いや俺…僕に言ってるのか?そもそもお前は…」


「お、おい!しっかりしろーー……」



見知らぬ男からやけに疲労した身体を揺さぶられると堪えるな…いや、本当に、これ以上揺さぶられたら、意識が…



◇◇◇


『貴方、元気な男の子よ?抱っこしてあげて』


『いや!?無理だって言ってるだろ?オレの汚れた手じゃこんな小せぇやつなら、すぐに潰しちま…って!』


『ホント貴方は怖がりね〜?赤ちゃんはそんな簡単に潰れないのよ、おかしな人…ふふっ』


『急に手渡されたらどうしようもねぇんだが、この子はどうしたら…』


「コレは夢、か…?」



揺れる視界から解放されたと思えば、お次はログハウスらしき建物の中…

何処か既視感のある優しげな女性と、強面だが小さな赤子を抱えオロオロと辺りを見回す男の会話が目の前で繰り広げられている。


俺に気づく様子は無く試しに触ろうとしたらすり抜けたところで、やけに鮮明だが感覚もあやふやな部分もある。

まるで演劇を見るかのように、次々と様々な場面が展開され二人は老いていった。


暫くその場で眺めている内に、あっという間に女性は死に子供は去り家には男だけが残る。

皺だらけでも強面なままの男は、それまでの溌剌とした動きが嘘のようにベットに寝る時間が増えていく。



「コイツが死ぬなら、夢も終わるか?」


『長生きしたな…次こそ死ねると良いが』


「急に何を?」


『もしっ、…生きていたら、家族を大切にすると良い。ゴホッゴホッ、一人だけの…人生は辛いぞ』



男の虚ろな目は俺が居る虚空を睨みつけ、疑問への問い掛けに答える様子も無く吐き捨てるように言うとまた不自然に場面が切り替わる。




『おお!正にそれこそが知識の到達点…賢者の石か』


『その通りで御座います、王よ。是非、拝見して下さいませ』


「今度は城…?忙しい夢、いやまた見たことがあるような感覚だ。もしかして、これは実際の出来事か?」



最後の男の言葉も気になるし、違和感がある最初の夢の正体を掴みたかったのだが…

俺が悩む間にも、やけに煌びやかな室内で豪奢な服を着た男達の会話は進んでいく。



『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎よ、これは本物であるか?』


『本物に違いありませぬ、歴史的大発見とも言えるでしょう!もしこれを売りに出せば、どれほどの大金が蠢くことか…』


『そうかそうか!本物であるか、どれどれ。騎士達も見よ、この煌めく神秘を!』


『これは…』


『なかなか…!』


『………』


『ご堪能頂けたようですね。それでは、賢者の石は返して貰えませんか?』


『さて…誰がこれを返すと言ったのか?余は何も言っておらぬなぁ。さてこう言う時はどうするべきなのか…うーむ』


『王よ!この宝を手に入れる事が出来たのも、元を正せば御身の英断あってこそ…ここは、そこの愚民なんぞに持たせておくのではなく!我々で、有効活用するべきでは無いでしょうか?!』


『そうかそうか、お主もそう思うか。余も丁度同じことを閃いたところだったぞ』


『流石!それでこそ、英雄王と名高き名君⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎陛下で在らせられる!』



最初の夢の男と同じく親近感が湧く女は、自分の物を奪われるというのに感情を読み取らせない優しい笑みを浮かべており危機感が無い。

賢者の石と呼ばれた妖しく光る宝石を食い入るように、見つめる王とその取り巻き達。


彼達は、欲望に塗れた下卑た表情を更に歪めると頷き合い玉座から離れて佇む女を顎で指す。

その声無き命令を、王とも長年の付き合いといった雰囲気の騎士達はすぐさま理解したと言わんばかりの自信に溢れた声だ。


『国王陛下並びに大臣の勅令だ!賢者、いや、そこの賊を不敬罪にて死刑に処す!』


『国王陛下の命に従い、例え賢者であろうと天誅を下そう!』


『…国王陛下万歳!』



『賢者の石。悟りへ至れぬ者は、欲望に呑まれる悪夢のような宝石と言われていましたが…火のないところに煙は立たないものですね』



周りの騒がしさと正反対に静かに佇む女は、動揺することなく何かに納得したように頷いている。

石を見つめた者から順におかしくなっていき、剣を振り回し始めた騎士達は魔物のような形相だ。



『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』


『良いですよ、私を殺してみて下さい。他殺によってこの呪いが発動するのか実験をしてみたかったんです』


『何を訳の分からぬことを!早く殺せ、その害虫を早く!』



唾を飛ばしながら喚き始めた大臣の声に、急かされるように騎士の一人が女に剣を振り下ろす。

錯乱した様子の騎士は、思いの外綺麗な太刀筋で無抵抗な女に攻撃を続け血を撒き散らしながら叫ぶ。



『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が、賊を討ち取ったり!』


『…っ、少し賢者の石に汚染されただけで私へ躊躇いなく剣を突き立てる狂気に陥るとは…ごホッ、近衛騎士も堕ちたものですね?』


『賊を討ち取ったり!』


『馬鹿の一つ覚えのように…もう知能すら、薄れてきましたか。私をちゃんと殺せるかどうかも怪しいですね』


『まだ生きておるぞ!!もっと串刺しにしてしまえ!』


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


『ガアアアアアアあっ!!』



女が呟いていた欲望に呑まれるという言葉通り、殺戮衝動に支配された様子の騎士達は我先にと女へ剣を振り下ろしているが…



「いや、頑丈過ぎないか?生身で受けてまだ死なないのは、同じ人間と思えないな」


『その程度では私は殺せませんよ?さあ、もっと大胆に剣を振ってみて下さい!』


『ああああああ!』


『っ!あら、良い太刀筋。ごホッ、流石にそろそろこのは終わりですね。あぁ、これが死の感覚…』



女はそれまでの余裕を持った笑顔を、恍惚とした歪んだ表情に変えると血反吐を吐きながら放心状態となった剣士達を押し退ける。



『あ、あ…うあ、ぁ』


『もう既に、この場のモルモット達は、精神が壊れてしまったようですね。…はぁ、はぁアハハ、あはっあははは!』


『ほんっとに、最後まで使えない無価値な人間でした。しかし、そんな人間により私はまた一歩叡智へ近づけたのですからゴミのような歴史も報われたことでしょう』



泡を吹きながら口は開いたままとなり、いつの間にか廃人のようになってしまっている周囲の男達を眺めながら女は意味不明なことを呟き続けている。

考えを整理するように、虚空を見つめ歩く女は弛緩しきった王様の手からカラリと落ちた石を拾い上げた。



『ただの呪いを賢者の石と呼ぶなんて物は言いようですね、初代の恨みが詰まったこの石にまんまと精神を崩壊させられるなんて愚かとしか言えませんが…この場に持ってきた私が言うことでもありませんか』



キラキラと怪しく輝く石を手の中で、転がしながら淡々と呟いていた女が突然力を失ったようにその場に倒れる。



『私の幕引きは、他殺による出血多量で死亡といったところになりそうですね。残された時間は一分程度…』


「ずっと冷静なの化け物か?いやそんなことを言うのは失礼か」



不思議なくらい親近感を覚える正体は、過去の自分を見ている時と同じなんじゃないかと俺は思う。

夢で昔を思い出してる時と、ほぼ同じような感覚がしているわけだし。



の私もこれを見ているでしょう、聞いていることを願って死に近づけた私の最後の助言です。記憶を持ち越し続ける呪いはこの世界のバグで、修正しようが無いところまできています…心が壊れぬよう気をつけていきましょうね?』


「何を言ってるんだ…?また、重要なことを最後に言われると困るーー」



女が床にそのボロボロの身体を預け、一方的に虚空へ告げるのに文句を言おうとしたが視界が塗り潰され…俺が思考を整理する間もなく、新しい夢が始まった。



◇◇◇◇◇◇



その後も、最初の二つと同じようにテンポよくそして唐突に始まって終わりを繰り返していき見ている中で疑問を抱いた後確信に変わる。







「もう疑いようの無いくらいの既視感があるし、これは夢というより前世の記憶…つまり俺は転生し続けてるってことか?」



大正解ですと、二番目に見た夢の不気味な女の声が頭の中に響いた気がした。

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世界平和に向け邪神と暗躍してるだけの旅 老いには逆らえん @tukaremeda

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