火星ピザ案
基地内の空調音が一定のリズムで響く中、会議室モジュールのスクリーンには、
1枚のホワイトボードが映し出されていた。
そこにはすでにいくつかの料理名が書き込まれ、線で消されている。
“クロレラ入りスープ”――「色が怖い」
“サツマイモのマッシュ”――「主菜にならない」
“火星味噌の煮込み”――「時間がかかりすぎる」
“エダマメの炒め和え”――「副菜っぽい」
「……こうして見ると、私たちけっこう難航してるわね」
エミリア・カーターが肘をついて、皮肉まじりに呟いた。
彼女の前には、メモと試作案がびっしりと記されたタブレット。
「“火星で最初の料理”という命題が、こんなに重いなんて思わなかった」
「いや、重くしてるのは俺たち自身だよ」
ショーン・ミラーが苦笑しながら答える。
「誰も“凝ったもの”を求めてない。
でもなぜか、簡単には決めたくないって気持ちがあるんだ」
「文化だからよ」
エミリアは即座に言い返した。
「ただの食事じゃなくて、“最初の一皿”。
きっと百年後に、教科書に載るのよ。“最初の火星料理は○○だった”って」
「プレッシャーだな……」
カルロス・ヒメネスが腕を組んで唸った。
「制約は多い。熱源も限られてる。食材の収穫量は計算済みだが、無駄にはできない」
「でも、そろそろ“何か”出さないと」
ナタリアが言う。
「次の食材収穫に合わせて、調理計画を提出する必要がある。
候補が出ないと、食材の選別すらできないわ」
空気が重くなりかけたそのとき――ショーンが手を挙げた。
「提案していいか?」
全員の視線が彼に向く。
「“火星ピザ”はどうだ?」
沈黙。しばしの間、誰も言葉を発しなかった。が、次第に好奇と半信半疑の色が交錯していく。
「……ピザ?」
エミリアがようやく口を開いた。
「あの“ピザ”?丸くて、焼いて、トッピングして、っていう……?」
「そう。地球のピザじゃなくて、火星バージョン。
薄いフラットブレッド生地に、基地内で収穫したものだけでトッピングを作る。
加熱はオーブンじゃなくても、ヒーターの遠赤外線パネルでいけるはず。
短時間で焼き上がる」
ユウタが目を輝かせた。
「パン生地の原料は、火星小麦の交配種“MS-21”。
粉末加工も済んでる。グルテン量が少ないけど、薄焼きなら問題ない」
「トマトピューレは作れる。乾燥機で加熱濃縮すれば、濃度も味も出るわ」
エミリアがすぐに反応する。
「クロレラのペーストも、表面に混ぜる形で“ソース兼調味”にできる」
ナタリアが続ける。「高温短時間加熱なら匂いも抑えられるはず」
「具材は?」
カルロスが冷静に問いを投げる。「そこが問題になる」
「ラディッシュは焼くと甘味が増す。スライスしてトッピングできる」
「エダマメは軽く潰して、トッピングか生地に練り込む。タンパク質の補強にもなる」
「ミズナは……」
ユウタが言いかけて、ふと口をつぐんだ。
「仕上げに生で散らすのはどう? 色味と苦味のアクセント。
加熱しない分、資源節約にもなる」
エミリアが提案する。
「それ、いいな」
ショーンが頷く。
「“焼く・盛る・仕上げる”の3段階がすべて含まれてる。
調理の工程も文化的価値がある」
カルロスは少し考えたあと、ようやく言った。
「……計算してみよう。
カロリー効率と栄養バランス、熱エネルギー消費。
数字が出れば、正式に調理の第1案として提出できる」
一同の表情がわずかに和らいだ。何かが“決まる”予感が、静かに空間を満たしていた。
「名前はどうする?」
ナタリアがぽつりと訊く。
「“マルゲリータ・マルス”?」
ショーンが冗談を飛ばすと、エミリアが笑いながら却下した。
「……“火星ピザ”でいいのよ」
彼女はそう言った。
「それが、ここで生まれた味になるなら――それは十分、名前に値する」
“火星で最初の料理”は、ついに形を得た。
それは、特別な技術や珍しい食材ではなく、
この地で“今あるもの”を、最大限に生かして作り出す一皿だった。
文化とは、そんな一歩から始まる。
そしてその一歩は、まさにいま、この赤い星で踏み出されようとしていた。
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