時の箱

島波あずき

転生したら学校になっていた件

 僕は生前、不登校で家に籠もってばっかのダメ人間だった。では今は一体なんなのか。これが不思議で何故か僕は『学校』になっていた。ライトノベル風に言うならば『転生したら学校になっていた件』という感じだ。異世界転生系で最強の能力者に転生とかいう話はよく聞くが、まさか学校に転生するとは思ってもいなかった。なんならここは日本で、異世界ですらない。


 まさかの転生だったので、しばらくの間これからどうするべきかを考えていた。しかし今の僕は学校。つまり生き物ではなくただの建物だ。当然建物が身体を動かしたり、声を出したりもできないため何もすることがなく、僕は途方に暮れていた。


 ──転生してから数か月。僕は何をしたらいいかをずっと考えていたが、最終的に『生徒を見守る』ということに落ち着いた。というのも僕……いや、この学校は普通に機能しているらしく毎日三百人ほどの生徒がここにやってくる。


 しかも最近、僕には驚きの能力があることに気がついた。それは校庭や教室などを自由に見ることができるという能力だ。いわゆる神視点のようなもので、おそらく学校に転生したことで得た能力だろう。この能力のおかげで僕は生徒の青春を見守るという、暇つぶしにしてはなかなか面白いことができている。補足だが、転生したのは高等学校。つまり生徒は本当に青春真っ只中だ。


 あ、ちなみに見ようと思えば女子更衣室の中も見ることができる。でもそれをやると人として終わり……ではなくて学校として終わりだと思ったので、そういうことは一切していない。


 そうして僕は特にやることもないので生徒のことを見守り続けた。



 ──学校に転生してから十年。ここで面白いことがあった。開校十周年を記念してタイムカプセルを埋め、十年後にみんなで学校に集まりタイムカプセルを開けるというプロジェクトが始まったのだ。


 どうせ僕はこの先も学校として生きていくのだろうから、みんながタイムカプセルを開ける瞬間に立ち会えるはず。これはすごく楽しみだ。ここにいる高校生たちが立派な社会人になった姿を見ることができる。なんだか親の気持ちが少し分かった気がする。


 みんな、待ってるぞ。僕はここにいるから。十年後にきっと会おう!




 ──あれから十年後。タイムカプセルを開ける日。僕はようやくこの時がきたとウキウキしていた。


 午前九時、確か待ち合わせ場所は正門の前のはずだが、まだ誰も来ていない。


 午後一時、まだ誰の姿もない。きっと寝坊でもしているのだろう。


 午後六時、空が暗くなってきた。まだ、誰もいない。


 そして気づけば日付が変わっていた。結局、正門の前に来る人は誰もいなかった。あの時埋めたタイムカプセルはまだ土の中だ。僕は複雑な気持ちになった。もちろん、みんながここに帰ってきてくるのを期待していた。でもここに来なかったのは、みんなが仕事とかで忙しかったからかもしれない。そうであれば、むしろ喜ぶべきことだ。仕事が忙しいということは、それだけ上手くいっているということ。見守ってきた子たちが上手くやっているのあれば、僕は喜ばないといけない。


 そう思っているのに、本当は喜びたいのに、僕の心は泣いていた。そして気づけば校庭のグラウンドに、たくさんの水溜りができていた。


 これは乾くのに時間がかかりそうだ……。




 ──タイムカプセルを開ける日から長い年月が経った。最近この街では少子高齢化に加えて人口減少も進み、今ではこの学校に通う生徒も少なくなってきた。昔の賑やかさが無くなってきていて、僕は少し寂しい気持ちになっていた。


 でも、そんな寂しさを軽く吹っ飛ばしてしまうような出来事が今日起こったんだ。


 正門の前、そこにはかつて僕が見守っていた生徒たちが集まっていた。しかも驚きなのが、生徒だけでなく歴代の先生たちまで集まっている。それはとても数え切れないほどの人数で、この学校の数十年の長い歴史を象徴するものでもあった。


 僕は何度も自分の目を疑った。しかしこれは現実で、すぐそこにみんながいる。


 とある女性グループは「懐かしいね」と言いながら校舎を回り、とある男性グループは校庭のグラウンドで「久々に勝負でもしよう!」と言いながら五十メートル走を始めた。他にも教室で雑談をする仲良しグループ、体育館で遊ぶ元部活メンバーたち、図書室で思い出の本と再開する一人の女性。時間の過ごし方は人それぞれ。みんな個性豊かで、自分なりの時間を過ごしている。


 確かに今いるのは見慣れない大人たちだ。でも時間の過ごし方は、あの時からまるで変わっていない。変わったのは外見だけで、大切な内側の部分は何十年経っても変わっていなかった。


 僕は確信した。今ここにいる大人たちは、かつて僕が見守っていた生徒たちなのだと。


 それから数時間、みんなが楽しそうに過ごしている様子を見守っていたが、どうやら終わりの時間がやってきたらしい。みんなが一斉に校庭に集まり、何か準備をし始めた。みんなは大きな紙を何枚か持って、涙ながらにこちらを向いている。そしてその大きな紙をみんなは高く持ち上げた。


 それを見た瞬間、僕は言葉にならない感動と寂しさを感じた。


 大きな紙、そこには文字が書いてあったんだ。


『長い間、本当にありがとう。お疲れさま』


 最近この街では少子高齢化に加えて人口減少が進んでいる。そう、ついに終わりがきたのだ。この日々の終わりが。


 まぁ、年々生徒数は減っていたし、先生の人数不足も加速してたからいずれはこうなるだろうとは思っていた。でも──


「本当にありがとうー!」

「長い間、お疲れさまー!」

「一生忘れないからなー!」


 こうして最後のときに、みんなが集まってくれたのは本当に嬉しい。みんなが学生だった頃からだいぶ時間が経ったけど、みんな僕のことを忘れてなかった。


 終わりが怖い、だから変化を求めず現状維持。今まではそういう気持ちが強かった。でもこうやって幸せな状態で終わることができるのなら、変化も怖くないと思える。


 みんな、ありがとう。みんなからしたら、この学校に通ってたのは三年っていう短い時間だよね。でもさ、遠目から見てると思うんだよね。その三年間には三年とは思えないほどの笑顔と思い出があった。僕はそれをずっと見守っていた。みんなと直接関わったりしたわけじゃないけど、すごく楽しかった。学生のときの一瞬一瞬がなにより大切で、尊いものだって分かったよ。


 僕は今まで学校として生きてきた。でもそれも今日で終わりだ。明日にはまた別の何かに転生しているのかもしれない。


 神様、もしよければもう一度人間をやらせてください。僕は生前、何もしていませんでした。家でだらだら過ごしていたその時間が、なにより大切なものかが分かっていなかったんです。だからこそチャンスが欲しい。もしもう一度人間ができるのなら、僕は一瞬一瞬を大切にしたい。だらだら一時間過ごすくらいなら、友達を誘って遊びます。ボーッと二時間過ごすくらいなら、勉強をして良い大学を目指します。つまらないと思う三年間を過ごすくらいなら、努力して大切な思い出を作ります。


 だから神様、もう一度だけ人間として生きてみたいです。お願いします。


 それと僕にお別れを言うために来てくれた生徒と先生たち。みんなのおかげで大切なものに気づけた。本当にありがとう。最後に一つ言わせてください。


 僕は、本当に幸せでした。




そうして僕は、みんなに見守られながら、ゆっくりと目を閉じた。

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時の箱 島波あずき @takana_ryo

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