第16話 「小さな戦場」

 あれから数ヶ月——


 《IVORY、デビュー3周年ライブ開催決定!》


 その告知が公式アカウントに出たのは、梅雨明け直前の夜だった。そのツイートを見つけた瞬間、反射的にスクショして保存していた。心臓が、また早くなっていた。


 あれからもう1年。彼らは、3年分の想いを抱えて、ステージに立つ……NOIRとの雑誌特集から、さらに人気が爆発したIVORY。テレビやSNSでも見ない日はなくなり、音楽番組の常連に。


 律希は黒髪に戻し、ロングヘアのまま、より洗練された雰囲気をまとっていた。少し影を帯びた眼差しと、どこか涼しげな佇まい。「表現者」へと変わりゆく姿に、私はまた心を奪われていた。


 ——そして目に飛び込んでくる文字。


 《東京公演あり。チケット販売は来週から》


 Pommeの名前を出せば、いくらでも関係者席は確保できる。でも、私は迷わなかった。今回は、一般で取る……!


 初めて“彼ら”に出会ったあの日。“スポンサー”ではなく、“ただのファン”として初めて彼らに出会ったあの日の気持ちを、もう一度確かめたかった。1人の観客として、ただ精一杯、ステージを浴びたかった。


「今回の戦い、絶対に負けられないわ」


 自室でパソコンに向かいながら、私は宣言した。


「柊哉、いちばん早いネットって、なに?」


 一瞬ぽかんとした彼が、すぐに真顔になる。


「……ライブのチケットのために、ですか」


「他に何があるの?」


 柊哉は咳払いをひとつして、真面目な声で答えた。


「えー……そうですね。一番速い回線は、NULLO光の10Gプランでしょうか。LANケーブルでPCに有線接続してください。無線では……まず勝てません。それと、時刻合わせはNICTの公式時計を。販売開始のちょうどにPCからアクセスをしてください」


 勝手に口角が上がってしまうのがわかる。


「OK、全部用意しましょう。御影の名にかけて、今回は絶対に取る」


「……御影家、どこに向かってるんですか」


 でもその声は、少しだけ笑っていた。


 ——チケット争奪戦の日。

 有線LANでPCを接続し、秒読み用にスマホではNICTの時報ページを開いている。事前にログインも済ませ、クレジットカード情報もすでに登録済み。深夜には、柊哉に頼んでアクセス練習にも付き合ってもらった。


 あとは、開始時刻ぴったりにクリックするだけ——


「リマ様、あとは1分前にページ更新。そして“サーバーが混み合っています”が出たら……リロードじゃなく、”戻るボタン”から再アクセスです」


「……あと何分?」


「あと2分23秒です」


「いよいよね……」


 もう一度ステージに立つ律希が見たい。そこで大好きな律希に会いたい。そう願えば願うほど、緊張でマウスを握る手に力が入る。


「1分前です。ページを更新してください」


「OK」


 スマホのNICTを見て何度も時間を確認する。あと少し……あと少し……


「10秒前です……」


 呼吸を止めて、画面を見つめる。お願い。律希……会わせて……


「…3…2…1」


 柊哉が言い切ると同時にマウスをクリックした。その瞬間——


 《ただいまアクセスが集中しています。しばらくしてから再度お試しください》


「っ……うそ……!」


 心臓が、ぎゅっと締めつけられる。まるで、誰かに「やめとけ」って言われたみたいだった。でも諦める訳にはいかない。即座に“戻る”を押して、ページをリロード。


「お願い、お願い……!」


 数秒後—— 画面が切り替わった。


 《チケットの選択へ進む》


「……ッ!!」


 声が出なかった。喉の奥がきゅっと熱くなる。いける……まだ、いける……!手は震えていたけれど、カーソルは真っ直ぐ“申し込み”ボタンへ。そして、次の瞬間——


 《申し込み完了》


「……やった……やったぁ……!」


 画面に表示されたその文字を見た瞬間、肩から力が抜けた。手が震えている。心臓はバクバク。


 ガタッと立ち上がって、後ろにいる柊哉に駆け寄った。


「ありがと……!」


 そのまま、胸に飛び込んだ。温かい感触が広がる。


「……っ、よかった……本当に……」


 ぐしゃっと顔を押しつけながら、私は笑った。


「柊哉のおかげよ!本当にありがとう!」


 その瞬間、背中に何かがふれた気がした。けれど次の声が、それをかき消す。


「これで律希に会える!! 律希、待っててね!」


 振り返ると、柊哉は少し目を伏せていた。


「……よかったですね」


 そう答える声が、どこか遠くに感じられた。

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