第11話 そして、魔王は交渉する
「ここまで来れば、とりあえずは大丈夫だろう」
誰も追ってきてないことを確認しながら、アインシュバルツはようやく足を止める。
それと同時に、ノーラの意識がおぼろげに戻った。
「……ここ、は……」
見知らぬ場所。少なくとも屋外ではない。暗く、どこかじめっとした空気が漂っており、周りにあるものもほこりをかぶっている。衛生的な場所とは程遠いのは明らかだった。
「地下通路の隠し部屋の一つだ。お前達が逃走の際使っていたのとは別の、王族ですら知らない場所だ。奴らも見つけるのには時間がかかるだろう」
このネガーフィルの王都地下には数多くの地下通路が張り巡らされている。中には作られてはいいものの、結局誰にも使われていないものすらも。
では、何故王族ですら知らないはずの場所をアインシュバルツが知っているのか。無論、それはシラキの記憶。即ち、ゲーム『マジックスレイヤー』の知識である。
(まさか、こんなところで、『ゲーム』とやらの知識が活かせるとはな)
本来であれば、ゲームの主人公たちが、ラスボスであるアインシュバルツを倒すべく、王都に侵入するために使われる代物。
そして、侵入することができるのなら、その逆も然り。
「この奥に転移魔法の陣がある。それを使えば、王都から脱出―――」
説明の途中、唐突に身体を押し飛ばされる。そして、間髪入れずに、アインシュバルツの首元に冷たい感触が。
「……何のつもりだ」
「うご、くな……」
ノーラの剣、その切っ先がアインシュバルツの喉へと押し当てられている。
少しでも動けば、ただでは済まない。
だというのに、アインシュバルツは怯えるでも驚くでもなく、ただ淡々と指摘する。
「よせ。少し休んだとはいえ、あれだけ暴れまわり、魔力も消費したのだ。体力の限界はとっくに過ぎているはずだ」
「いいから答えろ!! お前は誰だ!!」
ノーラの一言に、一瞬アインシュバルツの目が開いた。
剣で脅されることよりも、彼にとっては彼女の今の一言の方がよほど驚嘆に値することであった。
「……成程。隠すつもりはなかったが……どうしてお前は俺が別人だと思うんだ?」
「その禍々しい気配を見れば誰だって分かる!! 言え!! 彼をどこにやった!!」
「禍々しい、か。言ってくれる。だが、俺の正体は既に口にしている。俺はアインシュバ……」
「そんなわけがない!! お前は偽物だ!! 彼の身体を奪った紛い物だ!! だから、だから……!!」
「あいつはまだどこかにいる、と。そう思うのなら、未だ現実が見えていないらしい」
今のノーラは精神状態が安定していない。そんな状況で、アインシュバルツが何をどう説明したところで聞き入れてはもらえないだろう。ましてや、異世界やら憑依やら、魔法が存在するこの世界でさえ信じがたい事象を理解することなど不可能。
故にやるとするのであれば、言葉ではなく行動。
だからこそ―――何の迷いもなく、アインシュバルツは首元の剣を掴み、そのまま自分の喉に突き刺した。
「っ!? 何を……!!」
唖然。ノーラの表情は、まさにその一言に尽きる。
当然だろう。いくら剣先を向けていたとしても、彼女としては脅しだけのつもりだったはず。それを自ら首に突き立てたとなれば、動揺しない方がおかしい。
だが、もっとおかしいのはその先。
「これが証拠だ」
平然とした顔のまま、そんなことを口にする男に対し、ノーラは目を丸くさせる。
確かに剣は首に刺さっている。それも数ミリだけなどではない。喉を貫通するくらいの深さだ。
だというのに、アインシュバルツはまるで自然体のままだった。
「は、ぁ……?」
「俺の特性、とでも言うべきか。俺はある条件でしか死なない身体になっている。だが、これは俺にしか適用されない。故に―――奴は死に、その魂はこの身体から消え去った」
この身体はあくまでアインシュバルツのもの。シラキが魔法を使えなかったのと同様、それ以外の者が不死の恩恵を受けることはできない。故に、いくら身体が元通りになったとしても、あの処刑の瞬間、シラキの魂は死んだのだ。
「だから、お前がどれだけ俺を切り刻もうとも、心臓に刃を突き立てようとも―――奴は、戻ってこない」
厳しい現実を叩きつけられ、ノーラは何も言えなくなる。
否定しなければならない。
嘘だと言わなければならない。
でなければ、自分の大切な人が、本当にここにはいないと証明されてしまう。
けれども、できない。
目の前にいる、真っすぐにこちらへ語りかけてくる男の言葉に、何かを感じ取ってしまったから。
まるで、そうまるで……悔しさと悲しさで、今にも泣きそうな、そんな雰囲気を。
「だが、まだお前は間に合う。ノーランド・ハイウェア。悪魔と取引をする覚悟があるか?」
「……え?」
絶望の淵に叩き落されてからの一言。
男の言葉は、ノーラにとってはまさに一条の光であった。
「とり、ひき……?」
「俺はあの男に身体を乗っ取られる前の時点で、あらゆる魔法を極めている。その中には……死者を蘇らせる魔法も」
「っ!?」
死者の蘇生。それは違法中の違法であり、魔法使いの国であるネガーフィルでも禁忌とされている。
それは何故か。死者と蘇らせてはいけないという倫理観もあるが、何より禁止されている理由は、そのほとんどが失敗に終わり、反動で大きな被害を出してしまうから。
死者復活はそれだけ高度な技術が必要とされるのだ。
「とはいえ、死人を完全な状態で蘇らせるのは至難の業。死者を操るのではなく、完全復活させるわけだからな。人ひとりだけでも、膨大な魔力が必要となる。だが、生憎と俺は今、自分の魔力を失っている。恐らくは連中が奪ったんだろう。故に、魔法が一切使えない状態になっている。だが……もしも魔力を取り戻すことさえできれば」
「死人を……彼を、蘇らせることができる、と? そんな……そんな言葉を……」
「信じられないのは当然だろう。断るのならそれでもいい。だが、俺個人としては受けるべきだと思うがな。先も言ったように、死人を蘇らせる力がある者は圧倒的に少ない。いたとしても、完全な形で復活させられるかどうか怪しいものだ」
死者を操る技術を持つ者は確かにいる。だが、それは『操る』のであって完全な『復活』や『蘇生』ではない。ただ単に自分の手駒として使うか、はたまた新しい何かの材料として使うか。どちらにしろ、ノーラの望むものは期待できない。
けれど、アインシュバルツは違う。
ノーラが思い描く形を現実にすることができる。
「……取引と言ったな。なら、私が差し出す物は何だ」
「協力だ。この国を取り戻すための。事の発端は、我が妹・リリアーナとその婚約者が起こした謀反。自分たちが玉座に座り、国を統べるために連中は裏切った。だからこそ、奪い返す。それが兄としての俺の責任だ」
十年以上身体を乗っ取られていた男が、今更何をと思われるかもしれない。
だが、自分の妹が自分の認めた男を殺した……しかも、謀反という最悪の裏切りの形で。
これをただ見過ごすことなど、流石のアインシュバルツでも無理な話である。
「その言葉を信じる根拠は?」
「ない。今の俺にはお前に信用されるべきものを何一つとして持っていないからな。口からでまかせ、嘘をついている。そう思われても仕方がない。故に、俺はただ、信じろとしか言えない」
馬鹿げている。第三者がいれば、きっとそういうだろう。
保証も確約も証拠も何もない状態で、どうして相手の言葉を信じられるというのか。ただ、良いように使われて、後で捨てられる……そう思われても仕方がない話である。
「……私は貴方を信用しない」
「……、」
「自分の主の身体を使って、主は死んだ。けれど取り戻す方法はある。だから協力しろ……そんな言葉を信じるなど、だれができようか」
当然の結論。何も間違っていない。
彼女の下した判断は人として正しい。怪しげな男の言葉を鵜呑みにするなど愚の骨頂。
そして―――。
「だからこそ、私は貴方を見極める」
その上で、彼女は己の刃をアインシュバルツの首から抜き、納めた。
「貴方の行動。貴方の言動。これからの貴方の一挙手一投足、その全てを見て、判断させてもらう。貴方がただの虚言癖の愚者なのか。私を陥れようとする詐欺師なのか。それとも……本物なのかを」
武器を納めた、それ即ち正しく手を組むことの了承であった。
無論、ただではない。きっと彼女の心は未だに疑いで渦巻いている。それでもアインシュバルツの提案を呑もうとしているのは、自分の大切な人を取り戻したいがため。
一方のアインシュバルツの返答は無論決まっている。
「いいだろう。ならば、存分に見定めるがいい」
交渉成立。
こうして、アインシュバルツとノーラの奇妙な関係が始まったのであった。
異世界人が身体から居なくなったので、あとは好きにしようと思う 新嶋紀陽 @niijimasetsu
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