第8話 スペス機関 対キメラ研究所②

監視カメラ映像にその一部始終が記録されており、研究員がシトに職務外の暴行を加えていたことがわかったため、処分は不問となった。


発見された時シトは、研究員の腹に顔を突っ込んで、はらわたを貪り食っていた。

その様子はさながら、あどけない天使が人間を捕食しているようにしか見えず、発見した研究員にかなりのショックを与えたらしい。


「どうして殺したんだ?」

「痛いことされたから」

「じゃあ、どうして……人間を食べた?」

「お腹がすいてたから」


シトは悪びれもせずに答えた。


「……もしかして前にも、人間を食べたことがあった?」

「うん、いつも」


調査の結果、シトの場合魔力の補充には人肉の摂取が必要だということがわかった。

魔法を使わなければ人間と同じ食事で生きていけるが、魔法を使えば魔力が枯渇し、人肉を求める。


「多分猛禽と人間のキメラなんだろうな……人間の屍肉に残った思念から魔力を精製、増幅してるのか」


天使のような姿をしているが、中身は全く似て非なる生き物だ。

以降魔法の練習は許可制となり、練習後には培養人肉が与えられた。

立方体にカットされたそれをフォークでつつきながら、シトはよくぼやいていたものだ。


「このお肉、全然魔力ないよ。食べる意味ある?」

「生き物の肉じゃないからなあ。ごめんな……培養元の思念がちょっとは残ってるんじゃないかな」

「おいしくないけど、食べないよりましって感じ……もっと魔法練習したいのにな」

「シトはどうして魔法を練習したいんだい?」


質問すると、シトはこちらを見て、無邪気ににっこり笑って言った。


「んー、腕か脚のどっちか、一本くれたら教えてあげる」

「……はは、シトは冗談が下手だなあ」

「冗談? 肉を培養できるんなら、新しい腕をつけたらいいじゃない」

「……そういう簡単な問題じゃないんだよ」

「そうなの? 人間てややこしいんだね」


そう言って肉を放り込んだ小さな口には、肉食獣の鋭い歯が並んでいた。

培養人肉で我慢させることには、我々の持つ倫理上の問題と同時に、シトを人間社会に溶け込ませるためという意義がある。

人間を食べ物として認識する生き物は、人間社会において居場所を持てない。

その本能が人食いであろうと、幼少期から価値観を刷り込ませることによって矯正可能という考えだ。

主任に訊いてみたことがある。


「倫理観を持たせるっていうやつ、うまくいくと思います?」

「正直、望みは薄いよなぁ。ベースがヒトのキメラとはいえ、あの年まで人間をエサに育ってきてるんだから……」


主任はタバコを灰皿に押しつけながらため息をついた。


「特にシトの方、俺の一存じゃ無理だが――早く処分したほうがいい。あれは絶対、俺たちを殺そうとしてるぞ」

「えっ、あんなに友好的なのに?」

「一回殺して食ったろ、人間を」

「でもそれは、暴力を振るわれてたって聞いてますよ……」

「どうかな。シトにそんなことしてたらマオの方が黙ってないだろうし。そういうふうに見えるやり方、シトなら考えつくだろ……賢い獣ってのは、厄介なもんだ」


憶測だがな、と主任は言った。

それにしては確信を持った口ぶりに聞こえる。


「先月辞めた奴、実は辞めさせられたんだよ。シトに処分予定の被検体を横流ししてて」

「え……嘘でしょう?」

「こんな洒落にならない冗談、言うわけないだろうが」

 

本当に洒落にならない。

そんなことをすれば大問題になると、少し考えればわかるだろうに、どうして。


「尋問したんだ、俺が」


主任はがたがたと膝を震わせている。

貧乏ゆすりは彼の癖だが、何故かそれが不吉なもののようにその時思えた。


「何言っても口を割らないから、規定に従って自白剤を使った。そうしたら……」


自分を抱き締めるように腕を強く掴んで、主任はぼそぼそと呟く。


「舌、噛みちぎって死にやがった」

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マオとシト ―きみと魔王になる物語― 江西田 ハリ @sty3sty

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