第十三章:剣の誓いと冒険者たちの矜持 ~勇者ユウト~

 朝霧が森を包む中、ユウトたちは足音を殺して山道を進んでいた。


 王都の北東に広がる《グラズの古森》。かつては狩猟地として利用されていたが、近年は獰猛な魔獣の出現により立ち入り禁止となっていた。とくに最近目撃された“熊の魔獣”は複数体が群れをなしており、交易路に甚大な被害を及ぼしていた。


 その討伐依頼を受けたのが、ユウト、ラナ、フィリアの三人だった。


 「足跡が……十頭分以上はある。みんな、気を抜かないで」


 フィリアが木の根元に残る巨大な踏み跡をなぞる。


 「10体って……やばくない? これ、本当にF〜Eランクの仕事?」


 ラナが額に汗を浮かべる。その声に不安が滲むのも無理はなかった。


 「……いや。これは、Cランクでも通じる依頼だ。きっとギルドは、俺たちがどこまでやれるかを見てる」


 ユウトの言葉に、二人は小さく頷いた。


 それでも彼らは逃げなかった。


 


 森の奥、湿った空気の向こうから聞こえてくる——獣のうなり声。


 草が揺れた。


 「来るよ!」


 フィリアが叫んだ瞬間、樹々をなぎ倒すように熊の魔獣が飛び出してきた。全身を鎧のような毛皮に包んだ巨体。小さな目に理性の光はなく、殺意だけを孕んでいる。


 続いて、もう一体。さらに、その後ろから次々に——。


 「10……いや、11、12体!?」


 ラナが驚愕の声を上げる。


 しかもその中に、一際大きな個体がいた。肩は岩のように盛り上がり、背中には魔力の瘤のような黒い結晶が浮いている。


 「……あいつがボスだ」


 ユウトは剣を抜いた。


 「でも、まずは数を減らす。連携を崩さないように!」


 「了解!」


 


 戦いが始まった。


 フィリアの矢が音を裂き、一頭の右目を潰す。ラナが跳躍し、後脚を蹴り飛ばして体勢を崩す。


 ユウトはその隙に飛び込み、喉元へ剣を振るった。


 咆哮。血飛沫。空気が鉄臭く染まる。


 


 一頭、二頭、三頭——。


 森の中は戦場と化していた。


 熊の魔獣たちは連携こそないが、圧倒的な個の力で押してくる。一撃一撃が地面を抉り、三人は紙一重でそれを交わしながら応戦する。


 


 「後ろから来てる!」


 フィリアの矢がユウトをかすめて敵の脚を貫いた。直後、ラナが飛び蹴りを食らわせ、魔獣が地に倒れる。


 「はあっ……はあっ……これで7体……!」


 ユウトの息が荒い。疲労と痛みが蓄積し、足元がふらつく。


 しかし——その時、森の奥で、木々が大きく揺れた。


 「……来るぞ。あれが……」


 フィリアが言葉を失った。


 


 現れたのは、他の魔獣を遥かに上回る存在感を持った巨体。


 体高は優に3メートルを超え、前脚には古傷が刻まれていた。唸るだけで空気が震え、森の鳥たちが一斉に逃げ出した。


 「あれが……親玉か」


 ラナが呑み込むように言った。


 


 「ユウト、作戦を」


 「……俺が囮になる。二人は、弱点を狙って」


 「ふざけるな! あんなの、まともにやりあって勝てる相手じゃない!」


 「……でも、逃げたら、この町の人たちがまた襲われる」


 


 ユウトは剣を構えた。手の震えを、ぐっと握り直して抑えた。


 「絶対に、倒す!」


 


 ボス熊が咆哮と共に突進してくる。


 地面が割れ、ユウトの足元が崩れる。


 その瞬間、彼は横へ飛び、刃を横一文字に振るう。刃が肩をかすめ、血が噴き出す。しかしボス熊は構わず前進し、ユウトを薙ぎ払った。


 「——ぐあっ!」


 吹き飛ばされ、木に激突するユウト。


 「ユウト!」


 ラナが叫ぶ。その間にフィリアが矢を連射し、片目と前脚を潰す。


 ラナが背後に回り、爪先で足の腱を裂く。


 「今っ!」


 ユウトは倒れながらも立ち上がった。


 全身が痛む。だが、剣だけは離さなかった。


 


 「——これで、終わりだッ!」


 叫びと共に跳び上がり、刃を振り下ろす。


 剣が、ボス熊の首筋に深く食い込んだ。


 


 断末魔の咆哮。


 そして——巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


 


 森に、沈黙が戻った。


 


 「……やったの?」


 ラナの声が震えていた。


 ユウトは膝をつきながらも頷いた。


 「……ああ。終わった……!」


 その場に倒れこみ、三人はしばらく動けなかった。


 数日後。


 王都ギルドにて、討伐報告が正式に認定された。


 大量の魔獣を相手に生き延び、危険なボス個体まで討伐した功績は高く評価され、ユウトたち三人はCランクへの昇格を果たした。


 ギルドの壁に貼られた討伐記録に、初めて彼らの名が載った。


 


 ユウトは剣の鞘をそっと叩きながら、仲間たちに言った。


 「……やっと、スタートラインに立てた気がするよ」


 「ここからが本番だよ、勇者さま」


 ラナが茶化すように言う。


 「まだ勇者じゃないけどね」


 フィリアが微笑んだ。


 


 だが、彼らの心は確かに一つだった。


 小さな手応えが、いつか大きな希望になることを。


 


 この日、名もなき冒険者たちは、一歩踏み出したのだった。

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転生した幼馴染が魔王になって世界征服しようとしているのでそれを止めたいと思います 黒蜜だんご @kuromitsu-dango

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