ハッピーバースデーアイロニー
赤月 満(あかつき みつる)
ハッピーバースデーアイロニー
「ワサビを買ってきてくれ」
甘党の君がそう言った。
「ワサビって、あのワサビかい?」
「そうだ。寿司が食べたいんだ」
君は煙草に火をつけてぶっきらぼうにそういった。
「寿司も買ってこようか?」
「それはもう頼んである」
「なら、ケーキも買ってこよう」
「テーゼ・アット・ヨコハマのショートケーキがいい」
「一時間かかるぞ」
紫煙が薄暗い部屋の視界を鈍くする。君は読んでいた本をもう一度開いた。
「かまわない。今夜は夜更かしするつもりだし」
「なら酒も買おう」
「俺は飲まないぞ」
「僕が飲むんだよ。君の誕生日を祝うために」
君は灰皿に灰を落とし、もう一度ニコチンを深く吸った。
「何が祝いだ。バカめ。この世に生を受けた日なんぞ呪いの日に決まっているだろう」
僕は鞄を手に取りカーディガンを羽織った。
「そう言うなって。君が生まれたから僕は君に出えた」
君は鼻で笑って本に目を落とす。
「陳腐なセリフだな」
「世の中の大体の名言は陳腐でありふれたものさ。でもその本質をつかみ取るのは難しい」
「一理ある」
玄関を開けたら小さなワンルームに夕日が差し込んだ。そのオレンジを横目で見て君はいつものセリフを言う。
「気を付けたまえ」
「必ず帰ってくるよ」
閉まるドアは鈍い金属音を立てた。
君がワサビを欲しいというときはだいたいが泣きたいときだ。あの鼻を刺す刺激を理由に君は涙をこぼす。酒を飲んで泣くことも、一人で膝を抱えることも出来ない君の小さなわがまま。
誕生日なんて呪いに違いない。けれど、それでも君が生まれた日は僕にとって何にも代えがたい祝日なのだ。
君の用意した寿司を食べ、僕の用意したケーキを頬張り、この世はクソだとくだを巻く君にリボンのかかった小箱を渡す。
ハッピーバースデー。
今日は少しだけ夕焼けがきれいだ。
FIN
(著:
ハッピーバースデーアイロニー 赤月 満(あかつき みつる) @mituru-akatuki
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