蝉時雨の止む夕立
ゆっくり
短編
晴天、突き抜ける様な空。どこまでも青い、青い空。ずっと、ここに、、、
「今年こそ会いたいなぁ」
この刺す様な陽の光に、今年は一層苦しめられそうだ。毎年この時期になるとあいつのことを思い出す。今日見たいな日は特に。
「流石にどっかで涼むか」
適当に入れる喫茶を探してぶらぶら歩く。こんな晴天なのが気持ち悪い。この覆い隠す様な青さがどうにも気に入らない。あの夏を思い出させるようなこの空が、俺を責めているような気がして。
ぽつ、ぽつ、雨が降る。どんどん強くなるその雨に追われるように走る。
「あ、しまった」
足を滑らせ頭を打つ、強い雨に晒されながら打った頭をあげると、そこにはあの時のままの俺の親友がいた。
止んだ雨、視界がぼやける。目を擦ってみても確かにそこにいるのは琴だ。あの時と一切が変わらないまま、そう、あの一瞬から変わらない。
「翔、やっと会えた」
そう呟く親友の面影は、紛れもなく本物の琴で、明るく笑う顔は年相応とも言える。俺とは違って。
「本当に、本当に琴なのか、いや、わかって、いやそうじゃない、信じられないだけなんだ」
「うん、うん、僕が翔に会いたいって頼んだんだ。きっといつか会えるだろうって、青い星が言ってた。なんだっけ、こと座の一等星」
「ベガだ、覚えるの未だに苦手なんだな」
「うん、ちょっと歩こうよ」
静止したかの様な真夏の都会、澄み切った空の下俺達以外いない。この日照りすらあまり暑さを感じない。
「ベガが言ってた、ってなんだ」
蝉の声すら聞こえない静寂の中、太陽だけが動いている。琴の横顔は小学五年生の男児だが、顔つきがそれじゃない。
「んー?お星様は神様だって教えてくれたのは翔
じゃん」
そんなとぼけ声も、小学五年生の時と変わらない、喋り方は年相応には感じないが。
「翔はさ、9年間どんなことしてたの?聞かせて欲しいなぁ」
流れ込む苦悩の9年、何一つ向き合えず、何一つ進まなかった9年間。誰にも何も言いたくなかった筈の9年間も、琴に聞かれたなら話さなければいけない。
「何してた、か。そうだな。恋をした。友人もできた。勉強も、過酷な受験もしたし、その分先生にも恵まれた。琴の分まで生きてきたつもりだ」
「そっか、あまり詳しく話したくないんだね」
雲が駆ける、速く、速く、その真っ直ぐな目に言葉を返せない。
「聞いた分だと充実してたように聞こえるけど、何か不満でもあったみたいな言い方」
「あぁ、そうだな」
人っこ一人いない都会、違和感を持つ必要がないほど自然な光景に思えて、ここが何処でも悪くない気がした。
都会の中にただ、ぽつんとあるだけの公園。それは不自然に切り取られたかのような場所で、それでもそこに疑問を持たなかったのは、俺たちの思い出の場所で、俺の忌わしい脳裏にこびりついた場所だからだ。琴がたったと走ってブランコに飛び乗る。そのまま漕ぎ出す琴の背中、その仕草からいつもここでこうしている事がわかった。
どれくらいの、一体どれくらいの時をここで過ごしたのだろうか。
「そんなとこでぼーっとしてないでさ、翔もこっちおいでよ」
その言葉に導かれるように隣のブランコに腰を下ろす。大きく漕ぎ始める琴の横で、俺は同じようにはできない。
目の前のオレンジ色の空、振り返れば夜の闇が日の明るさを隠してくれている。星がちらちらと見え始める空をなぞれば、オレンジと暗い紺色のグラデーションが綺麗だ。
「夕暮れ、だね。確かあの日もこんな空で、この後、、、」
ぽつ、ぽつ、少しづつ強まる雨。
「あの時もこんな雨が降ってた。俺はあの日から夏が嫌いだ、こんな雨が降るから」
「あれは翔のせいじゃない。僕さ、ずっと待ってたんだ。この3287日、待ってたんだよ。一人で」
雨が降り始めのときのように言葉を紡ぐ琴の頬を辿る雫が、涙であればいいのにと思った。
「ねぇ、翔」
琴の口を遮るように言葉を辿る。
「琴がいないと、俺の空はどこか欠けてるんだ。止まったまま、俺の時間は進まない」
「翔、じゃあ、さ。僕とずっとここにいようよ。二人きりで」
雨が強まる。泡のように軽い言葉はかき消される程強くなる。
「あぁ、そうしよう」
ブランコを漕ぐ俺の視界が、いつもより低い。いつもより体が軽い。
雨が止んだ夜空の天頂には、ベガ、アルタイル、デネブが光ってる。
「ずっといっしょだよ、翔」
琴がヘンなことを言うもんだから顔をじっとみて、オレは強く踏み込んだんだ。
「あたりまえだろ!琴!どっちに方が大きく漕げるか勝負だ!」
蝉時雨の止む夕立 ゆっくり @yukkuri016
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