第15話 キス
「ん…」
夢の中から意識が戻ってくる。目を開くとぼんやりとした視界の中に人のようなものが映り込む。はっきりと分からないのはあまりにも近過ぎるせいだ。
なに、これ…。
唇に柔らかくて温かいものが当たっているせいで呼吸が上手く出来ない。どうなっているのか考えてみるが思考が上手く回っていないせいでよく分からないまま数秒。急に呼吸が出来るようになった。
近づいていたものが離れていくとようやくその正体を掴んだ。
あ、れ…?
もしかして私今エディとキスしていたの?
経験はないがあれはきっとキスで間違いない。だって唇にはまだ柔らかい感触がはっきりと残っている。自分が何をされたのか分かり一瞬にして眠気が吹き飛んだ。
「ん?起こしたか。すまない」
「い、いえ…」
起こされたのは別に良い。許可を得たとは言え眠りこけていた私が悪いのだから。
それよりも他に謝る事があるでしょ!
「ど、どうして…き、き、キスを…」
「あぁ、君の愛らしい寝顔を見ていたら我慢出来なかった」
愛らしい寝顔って何よ。
エディングは照れ臭そうに笑うが全くもって納得出来ない。じっと見つめていると「怒ったか?」としょんぼりと尋ねられる。どうして勝手にされた側である私が罪悪感を抱かないといけないのだろうか。
「いえ、怒っておりません」
どうせ明日には夫婦となるのだ、キスで怒っていたらこれからの生活がもたない。だから怒る気にはならないけど。一言くらい断ってからして欲しかったのが本音だ。
ファーストキスだったのに。
特別大事にしていたわけじゃないけどもっとこうロマンチックな展開を望むのが乙女心というものだ。
「か、勝手にするのは良くないと思います…」
「そうだな、すまなかった」
「いえ…」
申し訳なさそうにするエディングから目を逸らす。そこでようやく自分が彼の膝を枕して眠っている事に気がついた。慌てて起き上がり隣に座り直すと残念そうな表情を見せられる。
「疲れているなら横になっていても良いぞ」
「少し寝たら楽になりました。あの、お膝をお借りしまって申し訳ありません…」
「気にするな、いくらでも使ってくれて構わない」
第二皇子の膝を枕にして眠って良いわけないでしょ。馬鹿なの、この人。
申し訳なくしていると「レイだけ特別だ」と微笑みかけてくるエディング。妻になる人間だから特別に許してくれてるのだろうか。楽しそうに笑いながら私の頰を撫でてくる彼の手の冷たさにぴくりと体が反応する。
寝起きで体が熱くなっているからか今はこの冷たさが気持ち良い。
「嫌がらないのか?」
「冷たくて気持ちが良いので…」
無意識のうちに発した後で自分の失言に気がつく。
甘えるような事を言ってしまったわ。
慌てて訂正しようとするがエディングに抱き寄せられてしまい言葉を発せなかった。どうして抱き締められているのだろうか。
「レイは可愛いな」
「か、可愛くありませんよ…」
可愛いという言葉が似合うのは十代の若い女の子達だ。私のような性格の悪い行き遅れ二十代には相応しくない。ただお世辞でも言われたら嬉しい言葉なのは確かだ。
頰が熱くなる。真っ赤になった顔を隠そうとエディングの肩にぴったりと額をくっ付けた。
「甘えているのか?」
「違います」
「残念だ」
楽しそうに笑いながら私の頭を撫でてくるエディング。吹き飛んでいたはずの眠気が戻ってきそうになるので頭を振って払う。
今から明日執り行われる婚儀の確認をするのだ。彼から離れると「おしまいか?」と揶揄うように聞かれるので頷く。
「明日の確認をしましょう」
私が言うとエディングは残念そうに頷いた。
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冷酷と噂される夫ですが私には甘々なようです 高萩 @Takahagi_076
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