四十四話 未来を君と

 

「──着いたよ」


 外の景色を眺めすぎて、うとうとと寝かけていた千依は、三智鷹の声にはっと目を覚ます。

 いつの間にか、どこかの空き地に車を停めたらしい。


「ここからは歩きなんだ」


 どうやら目的の場所は道が舗装されていないらしく、車では通れない場所のようだ。

 千依は三智鷹に買ってもらった編み上げブーツを履いているので、どんな道でも余裕だ。


 彼と共に車から降りて、目的地へと向かって歩き始める。

 ブーツ越しに伝わってくる土の感触が、何だか懐かしい。


 しかし、足を一歩進めるたびに何故か、既視感のようなものが込み上げてきていた。


 ……あ、れ……。この道って……。


 三智鷹が案内してくれたのは、記憶の中にあったとある場所。

 周りには山と田畑しかない、自然あふれる場所にぽつんと建っている──古く白い塀に囲まれた小さな屋敷。


 この場所を自分は、知っている。


 風に吹かれて目の前へと現れたのは、空を舞っている柔らかな色の花びら。

 その色さえも、懐かしく感じた。


 思わず立ち止まっていた千依の方を三智鷹が振り返り、左手を差し伸べてくる。


「おいで」

「……」


 三智鷹の手に自分の右手を重ね、千依は誘われるまま、古い屋敷の門を通る。

 昔は、この門が空に近い程に遠く感じたが、今ではちょうどいい高さだった。


 視界に広がるのは、清い空気で満ちている桃色の景色の中に佇む小さくも立派な屋敷。

 それは、千依の母の生家だった。


「っ……。三智鷹様、これは……」


 彼の方を見上げれば、そこには悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべる三智鷹がいた。


「実は前々から織人に頼んで、君の母君の生家がどこにあるか調べてもらっていたんだ。場所を特定するのに少し時間はかかったけれど、何とか見付けられたよ」


 その言葉に、千依は目を大きく見開く。


 千依でさえ、最後にこの場所に来たのはあまりにも小さい頃だったため、どこに母の生家があるのか覚えていなかった。

 そのため、資金を貯めながら場所も探していたが、三智鷹たちはわざわざ調べて見つけてくれたらしい。


 三智鷹はほんの少しだけ目を細め、微笑んだ。


「千依さんのおかげで、僕は長らえたからね。そのお礼として、君名義で購入したんだ」


 驚いたかい、と三智鷹はお茶目にも片目を瞑る。


「えっ、ちょっと待ってください……。私の名義で購入したんですかっ!?」

「そうだよ。だから、この屋敷だけじゃなくて、周辺も千依さんのものだ」

「なっ……」

「君はそれくらい貢献してくれたんだ。遠慮せずに貰ってくれるかい?」


 甘えるようにも、切なげにも聞こえる声音で、三智鷹は小さく首を傾げながらそう言った。

 その表情に、自分はどうやら弱いようだ。


「うっ……。……本当にいいんですか? 遠慮するなって言われたら、遠慮しませんよ」


 視線をさまよわせつつ、千依は上目遣いで訊ねる。


 最初、彼と契約したのは母の生家を買い戻す資金を手に入れるためだった。

 まさか、事が解決したお礼にと屋敷だけでなく周辺の土地ごと貰えるとは思っていなかったため、欲しかったものが手に入る今、どう反応すればいいのか分からないのだ。


 戸惑う千依に対して、三智鷹は苦笑する。


「いいんだよ。……この屋敷も、土地も──全部、君が継ぐべきものなんだから。それに貰ってくれないと、逆に困ってしまうよ」

「わっ、分かりました。……では、お言葉に甘えて……いただきます。えと、その……ありがとうございます、三智鷹様」


 視線を真っ直ぐ返しながら、千依が真面目な表情でお礼を告げれば、何故か三智鷹の方が嬉しそうな顔をしながら頷き返してくれた。


 温かな風が吹き、千依はもう一度、屋敷を見る。


 荒れ果てていたはずのその場所は、昔の面影を損なわないようにと気を付けながら修繕されたのだろう。


「屋敷の中はまだ手を入れていないんだ。やっぱり、そのあたりは千依さんが直接、見てから色々と決めた方がいいと思ってね。手配の準備だけはしてあるから、いつでも言ってね」


 三智鷹はそう言うが、この場所を囲んでいる塀だけでなく、屋敷の外観はすぐに人が住めるくらいに綺麗に整えられていた。


 千依はそのまま視線を庭へと移す。こちらも屋敷と同じで手を入れてくれたらしい。

 ちょうど咲く時期だったのか、桃の花は満開だった。


 柔らかな色の花々は永遠に咲き続けているのではと思う程に、ただひたすらに美しかった。


「……」


 ここで、千依は亡き母と穏やかに幸せに過ごしていたのだ。

 幼き日の思い出が蘇り、目頭が熱くなってしまう。


 けれど、それでも──以前と比べて、恋焦がれるような強く激しい感情をそこからは感じられなかった。


 ……それは、多分……。


 千依は今も手を握っている三智鷹の方を見た。

 その理由は明白だ。


 自分が、自分のままでいられる、安心できる居場所を見付けられたからだろう。

 それに、気付いてしまった千依はぼんっと頬が赤くなってしまう。


「どうしたんだい? ……千依さんの許可を取らずに勝手に購入したり、修繕したこと、怒ってる?」


 三智鷹が心配そうに顔を覗き込んできたため、千依は後ろへと一歩、足を引いてから頭をぶんぶんと横に振った。


「ちがっ……違いますっ! ……もちろん嬉しいですし、すっごく感謝しています。でも……」

「うん?」


 千依は気恥ずかしさから、言いよどむ。

 それでも、伝えないままでいることは、出来なかった。


「でも、今はもう……三智鷹様が──私の居場所になってくれるんでしょう?」


 自分でも頬が赤くなっていることは自覚している。

 たとえそうだとしても、三智鷹がいるおかげで、自分はここにいるのだとどうしても伝えておきたかった。


 彼は千依の言葉を受け、目を丸くする。

 それから手をぎゅっと握り返し、口元を緩めながら楽しそうに笑った。


「おや、ついに観念して、僕に惚れてくれたのかな?」

「ほ、惚れたとは言っていません!」

「けど、君、泣くくらいに僕のことが好きじゃないか」


 ぐいっと三智鷹の顔が近付いてくる。

 気付いた時には、千依の額に軽く口付けが落されていた。


「ひゃ……」

「ははっ、顔が真っ赤だよ。可愛いね」

「み、三智鷹様ぁっ!」


 千依は彼と繋いでいた手をぱっと離し、そのまま三智鷹に向けて軽く拳を振った。 

 しかし、動きが見えていたのか、彼には簡単に避けられてしまう。


 すると、三智鷹はそのまま千依へと手を伸ばし、軽々と抱きかかえた。


「なっ、何でっ……。あっ、う、危ないですよっ!?」


 誰かに抱きかかえられるなど、初めてだった千依は顔を真っ赤にしたまま狼狽する。


「このくらいでふらつく程、やわな鍛え方はしていないよ」


 抱えられたことで、千依の顔は三智鷹に近くなってしまう。

 恥ずかしいはずなのに、どうしてこの心は弾んでしまうのだろう。


「君が、僕を生かしてくれたんだ。……責任を持って、これからも共にいてくれないと」


 満ちた笑みが、目の前にある。


 未来を奪われていた彼の人生はこれから始まり、そこに千依もいていいのだと──いて欲しいと乞われているようだった。

 それは──なんと、なんと幸福な願いだろうか。


 千依はきゅっと唇を結び直す。どきどきしている心臓をなだめることすらせずに、ただ三智鷹だけを見つめた。


 そして、彼の肩へと自分の手を添えつつ、いつものように胸を張りながら答えた。


「……仕方ないですね。私、約束したことは必ず守る主義なので、これからも三智鷹様の隣にいてあげます」


 きっと、今の自分は最高に満ちた表情を浮かべているだろう。

 何故なら、それを見ている三智鷹の顔が幸せそうだからだ。


 ふと、三智鷹が目を細め、再び千依へと顔を近付けてくる。それを受け入れるように、千依は目を閉じた。

 柔らかなものが静かに、ゆっくりと重なり合っていく。




 春の風によって桃の花びらが吹き上げられ、まるで誓うように口付けを交わす二人の姿を隠してくれた。


          


                         「契約嫁の雑祓い」完

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契約嫁の雑祓い 伊月ともや @tomoya_iduki

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