番外編 兄妹による仁義なき戦い

  ◆



 ……時間は遡り、チャンピオンシップ1回戦終了後。


「ありがとうございました」

 私―――田花彩芽は、チャンピオンシップ最初の対戦を終えて席を立つ。気合を入れて臨んだ大会だけど、相性の悪い相手と当たって負けスタートという幸先の悪さ。でも、落ち込んではいられない。ここから残りの試合を全部勝てば、SEには残れるのだから。

「これより、チャンピオンシップ2回戦を始めまーす!」

 そうこうしている内に、2回戦開始のアナウンスが入った。私は指定された席に向かう。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますぞ」

「……え?」

 対面に座った相手に、私は驚きを隠せなかった。……次の対戦相手は、まさかのお兄ちゃんだったのだ。

「おや、彩芽氏。これは奇遇ですな」

「……だね」

 1敗で後がないこのタイミングで、まさかのお兄ちゃんが対戦相手。そんな馬鹿な……。

「お兄ちゃんが初戦負けなんて、珍しいね」

「いえ、先程は勝ちましたぞ」

「え……ああ、階段か」

 お兄ちゃんが負けるなんて珍しいと思っていたら、向こうは勝っていたという。つまり、ここは階段卓だ。……スイスドローは勝率が同じ人同士で戦うことになるけど、全勝者の数が奇数になれば、全勝者が1敗者と戦う卓が発生する。それが階段卓だ。

「それでは、始めましょうか」

「……うん」

 負けスタートから、階段でお兄ちゃんと当たる。考えられる限り最悪の展開ではある。……私はお兄ちゃんにまともに勝てたことがない。フリプは勝率が低いながらも勝てるけど、大会で当たった時は一度も勝ててない。小さい頃は明らかに手加減されてたし、今でも明確に実力差を感じてしまう。そんな相手と、崖っぷちで当たるなんて。

「……」

 それでも、弱気になんてなれない。……これは恩返しのチャンスでもあるのだ。ウラノスで遊べなかった私のために、遊ぶ機会や場所を用意してくれたのはお兄ちゃんだった。そんなお兄ちゃんに報いるのなら、強くなってお兄ちゃんに勝つのが一番だ。お兄ちゃんのお陰で私が強くなれたってことを、お兄ちゃんに示すんだ。

「では我のターンですな。何もせずにエンドですぞ」

 そんな決意の元、始まった対戦。先手を取ったお兄ちゃんの1ターン目はノーアクションで、そのまま私にターンが返ってくる。……お兄ちゃんのリーダーは《エンペラー・ペンギン》。リーダーは出せたら出す程度の扱いで、デッキそのものはコントロールだ。コントロール自体はLO軸の私のデッキとは相性有利だけど、お兄ちゃんのデッキにはLO回避ギミックがあるから、むしろ不利なくらいだった。

「ターン貰います。ドロー」

 そして私の1ターン目。……私のデッキで勝つには、いくつか条件がある。まずはLO回避ギミックである《最も冴えた再利用》を全て墓地に落とすか無効化して、LO回避手段を奪う。ただ、《最も冴えた再利用》は追加コストで墓地のカードをデッキに戻すから、2枚目のこれを無効にしてもLO回避は継続されてしまう。なので、都合良く全部墓地に落ちて貰うか、2枚目で1枚目を回収した直後に叩き落とすしかない。

「コスト1《フェアリーの斥候》をプレイ」

「通りますぞ」

「登場時、そちらのデッキトップを墓地に送ります。これでターンエンドです」

 まずはいつもの《斥候》から入る。……デッキ修復手段のあるコントロール相手はビートダウンも狙う必要があるんだけど、生憎と《斥候》はライフを削ることが出来ない。というか、LO軸フェアリーはデッキのフェアリーが殆どライフを削れない。だから、ビートプランは現実的じゃない。隙があればリーダーで殴る、が限界だと思う。今回は、その点がかなりもどかしい。

「エンド時、コスト1《検索》をプレイ」

「通ります」

 こちらのエンド時に、お兄ちゃんはドロースペルで手札交換をする。……お兄ちゃんのデッキはドロースペル、無効化スペルと除去の他、《意図せぬ暴走》と全除去の疑似ハンデスコンボと、各種オブジェクトを《図書館建設計画》でシルバーバレットする構築だ。故にデッキスロットはカツカツで、無効化スペルは数が取れないし、一部除去はこちらのデッキに刺さらない。付け入る隙があるとすればそこだ。

「ではターンを貰いまして……ドロー。ターンエンドですぞ」

「ターン貰います。ドロー」

 お兄ちゃんの2ターン目はドローゴーで、私の2ターン目に入る。とはいえ、敢えてここで動く必要はない。

「ターンエンドです」

「ではターンを貰いまして……ドロー。ターンエンドですぞ」

 こちらもドローゴーでターンを返し、お兄ちゃんの3ターン目。相変わらずのドローゴーだけど、動くならここだ。

「エンド時、コスト2《フェアリーの盗賊》をプレイ」

「対応でコスト2《魂の送還》をプレイ。無効化しますぞ」

 私がプレイした《盗賊》をお兄ちゃんが無効化する。……これでお兄ちゃんのコストは殆どなくなって、次のターンにリーダーの有効化がほぼ通る状況になった。でも、それを分かってて隙を見せるとは思えない。《フェアリー・クイーン》はコントロールにとっては致命的なくらいアドを稼ぐリーダーだ。となれば何かしらの除去、例えば《幽世の牢獄》辺りは握っていると見ていい。

「ターン貰います。ドロー」

 私の3ターン目。リーダー有効化は誘われているのが明白だし、ここは手札からプレイするのが丸い。

「コスト2《フェアリーのスパイ》をプレイ」

 このターンに出すのは《スパイ》。もっと数を並べてから出したいけど、全除去のリスクがあるし、早いタイミングで出して全除去に巻き込んで貰い、《再誕するフェアリー》を通して再利用するほうが強い。

「通りますぞ」

「登場時、フェアリーの数だけそちらのデッキトップを墓地へ送ります。2枚を墓地へ。そのままターンエンド」

 これでお兄ちゃんのデッキは残り29枚。まだまだ遠い。

「では、ターンを貰いまして……ドロー」

 お兄ちゃんの4ターン目。さすがに全除去をプレイすることはないだろう。警戒するべきはもっと別のカードだ。

「ターンエンドですぞ」

 やはりドローゴー。ここから読み合いが更に複雑化する。

「ターン貰います。ドロー」

 私の4ターン目。正直悪手だけど、このターンにコストを使わせないと後々困りそうだし、動くか……。

「コスト3《フェアリー・クイーン》を有効化します」

「通りますぞ」

 リーダーの有効化を試みるも、あっさり通る。なら……。

「コスト1《フェアリーの斥候》をプレイ」

「通りますぞ」

 そして後続をプレイするも、こちらも通し。……何も握っていないというのは考えにくい。となれば、このターンはこちらの思惑には乗ってくれないつもりらしい。

「《斥候》登場時、そちらのデッキトップを墓地に送ります」

 盤面を並べつつ相手のデッキを削る。この後、リーダーによって手札も補充出来る。理想的な動きではあるけど、これが通るということは……。

「ではそれに対応して、コスト4《図書館建設計画》をプレイ」

「通ります」

 案の定、撃たれたくないスペルを撃たれた。スペルとオブジェクトをサーチするカード。手札の枚数も質も向上する、あのデッキの地味に強力なカード。

「では《補給基地》と《最も冴えた再利用》をサーチしますぞ」

 サーチしたのは、継続アド取りマシーンの《補給基地》と、デッキ修復の《最も冴えた再利用》。となれば必然、次のターンの動きも分かる。

「では《フェアリーの斥候》の能力を解決します。そして《フェアリー・クイーン》の能力で1枚引きます。これでターンエンドです」

 これでお兄ちゃんのデッキは25枚。でも、向こうにはデッキ修復手段を握られているのが厳しい。

「ではターンを貰いまして……ドロー。コスト3《幽世の牢獄》をプレイ」

 お兄ちゃんの5ターン目。やはりというべきか、お兄ちゃんはこちらのリーダーを排除しに来た。

「通ります」

「では、《フェアリー・クイーン》を隔離しますぞ。これでターンエンドですぞ」

 こちらのリーダーが隔離され、場から消える。こちらのデッキにオブジェクト除去手段はないので、相手が維持を止めるまではリーダーが帰って来ない。

「ターン貰います。ドロー」

 私の5ターン目。向こうの手札には《最も冴えた再利用》がある。このターンはコスト不足でプレイ出来ないとはいえ、このままデッキを削っても勝利条件は満たせない。……それでも、こちらにも秘策はある。

「コスト1《妖精の占星術》をプレイ」

「……ふむ」

 私がプレイしたカードに、お兄ちゃんが考える素振りを見せる。……《妖精の占星術》は、場にフェアリーがいる時にプレイ出来、相手の手札を見て1枚捨てさせる、ピーピングハンデスだ。今まではデッキスロットの都合上不採用だったけど、メタゲームを考慮した結果1枚欲しいという結論になって、昨日の夜に土壇場で1枚採用したのだ。デッキスロットの捻出が大変だったけど、このタイミングで引けて良かった。

「対応でコスト2《術式解体》をプレイ。追加コストで手札を1枚捨てて、《妖精の占星術》を無効にしますぞ」

「対応でコスト3《妖精たちの窃盗計画》。フェアリーが3体いるのでコストを3軽減してプレイ。《術式解体》を無効にします」

 勿論、無効化スペルで手札を守ることは想定内。こちらも無効化スペルでハンデスを通しに行く。

「……通りましたぞ。どうぞ」

 ハンデスが通って、お兄ちゃんが手札を公開する。相手の手札は6枚。内容は《最も冴えた再利用》、《補給基地》、《取捨選択》、《天変地異》、《大乱気流》、《心奪われる回廊》。さっきは《術式解体》で《聖なる光》を捨ててたし、全体的に手札が腐り気味だ。後者3枚はこの状況だとほぼ無駄牌だし。

「《最も冴えた再利用》を墓地に落としてターンエンドです」

 私が落とすのは勿論再利用だ。《補給基地》は仕事をするまでまだ猶予があるし、そもそも《再利用》さえ使われなければデッキを減らしてくれるのはメリットである。他も今はまだ脅威じゃない。

「ではターンを貰いまして……ドロー」

 お兄ちゃんの6ターン目。このターン出来ることは見えている《補給基地》の設置か。先に《取捨選択》で手札を入れ替えてから設置を考えるかもしれない。いや、その前に《幽世の牢獄》を維持するか。

「《幽世の牢獄》は維持しません。自壊しますぞ」

「……え?」

 そうやって考えていた私は、思わず声を上げた。お兄ちゃんが、まさかの行動に出たからだ。このタイミングで私のリーダーを場に戻した。まさか……。

「そしてコスト4《天変地異》をプレイ」

「……っ!」

 そのまさかだった。リーダーごと盤面を吹き飛ばす全体除去。このタイミングで撃つなんて……。

「《斥候》が2体破壊されたので、そちらのデッキトップを2枚墓地へ送ります」

「これでターンエンドですぞ」

 デッキが削られても気に留める様子もなくターンを返すお兄ちゃん。残りのデッキは21枚。……ここで全除去を撃てば、次の私のターンでリーダーが帰ってきたり、或いは《再誕するフェアリー》を撃たれるリスクがある。となれば、お兄ちゃんのドローはこれらをケアできるカードと見ていいだろう。《術式解体》? いや、2枚目の《最も冴えた再利用》を引いてLO回避の算段が付いたとも考えられる。

「ターン貰います。ドロー」

 私の6ターン目。お兄ちゃんの手札で確定しているのは《補給基地》、《取捨選択》、《大乱気流》、《心奪われる回廊》の4枚。そして不確定の1枚。その不確定の1枚が、私の判断を迷わせる。

「……ふぅ」

 落ち着け私。一度目を閉じて深呼吸。脳に新鮮な酸素を送り込む。……お兄ちゃんにはプレイングの癖がある。TCGにおいて、「プレイングが上手い」というのは「ミスが少ない」と同義だ。けれど、将棋やチェスと違って、TCGは運が絡むし、相手の手札という不確定要素がある。例え9割で勝てる選択肢を選び続けても、1割の裏目を踏んで負けるのがTCGだ。まして、勝率が五分五分の選択肢があった場合、その選択にはどうしても癖が絡む。初対面の相手なら癖を読むなんて不可能だけど、相手はお兄ちゃんだ。私の人生で一番ウラノスの対戦をしてきた相手だ。だったら、その癖から向こうの手札を逆算するくらいはして見せる。

「……ちょっと考えます」

 一言断って、私は長考する。……お兄ちゃんの性格的に、リスクの高いブラフは好まない。私が不確定の1枚を警戒することは理解していても、それを当てにしてブラフを仕掛けることはない。つまり、不確定の1枚が無駄牌である可能性はない。《魂の送還》を引いていてリーダーの有効化に合わせるつもりという可能性もなくはないが、その場合でも《再誕するフェアリー》の裏目が残る以上は、《幽世の牢獄》を維持して《取捨選択》でデッキを掘るだろう。だからここで突っ込むのはなしだ。

 可能性があるとすれば、やはり《術式解体》か《最も冴えた再利用》だ。墓地に落ちたカードを見ても、どちらの可能性も十分にあり得る。《術式解体》を引かれていた場合、ここで消費させれば後々動きやすくはなる。とはいえ、これを釣り出すのは容易じゃない。《フェアリー・クイーン》の有効化を狙ってもわざわざ使わず、《取捨選択》で《幽世の牢獄》を探すなりするだろう。かといって、ここで《再誕するフェアリー》をプレイするのもリスキーだ。《最も冴えた再利用》を引かれていた場合、このターンの動きは安全に通るが、結局デッキを削り切れない。とはいえ、ピーハンを消費した今はそちらをケアする手段がない。ならば、《術式解体》を引かれたと仮定して、《フェアリー・クイーン》の有効化を通して《取捨選択》で空振ることを祈るのがベターか。

「長考失礼。コスト5《フェアリー・クイーン》を有効化します」

「通りますぞ」

 案の定通る。……ここからは、《再利用》を引かれる前に墓地に落とせるかどうかの勝負になる。そのための手数を稼がないと。

「ターンエンドです」

「エンド時、コスト1《取捨選択》をプレイ」

「通ります」

 このエンド時にお兄ちゃんが手札交換をする。手札を1枚戻して2枚引くスペル。戻すカードは恐らく《心奪われる回廊》だろう。これで確定してる手札が《補給基地》と《大乱気流》だけになった。

「ではターンを貰いまして……ドロー」

 お兄ちゃんの7ターン目。ここでどう動いて来るか……。

「コスト3《補給基地》をプレイ」

「通ります」

「このままエンドですぞ」

 お兄ちゃんはアド取りマシーンの《補給基地》を設置してターンを返す。これで確定してる手札が《大乱気流》だけになった。ピーハンで得られた情報アドがほぼ消えてしまったけど、こればっかりは仕方がない。

「ターン貰います。ドロー」

 私の7ターン目。……《術式解体》を持たれているのはほぼ確定。それ以外にも何かしらの有効牌があると見て良い。だけど、こちらはリーダーのお陰で全てのフェアリーがアドを取れる。

「コスト2《フェアリーの妨害工作員》をプレイ」

「通りますぞ」

 まずは《フェアリーの妨害工作員》。墓地のフェアリーの数だけユニットの攻撃を阻害する能力があるけど、代わりに防御不可、同名カードを並べられないデメリット持ち。あのデッキ相手ではほぼ役に立たないけど、今は出すだけで仕事をする。

「《妨害工作員》登場時、《フェアリー・クイーン》の能力で1枚引きます」

 《フェアリー・クイーン》の恐ろしさは、フェアリーを引き続ける限り、コストを使い切る程の展開力を発揮することだ。実際にはスペルが枠を取るせいでそこまでチェインしないけど、数枚引ければ十分だった。

「コスト2《フェアリーの盗賊》をプレイ」

「通りますぞ」

「《盗賊》登場時、能力でお互いのデッキトップからカードを2枚墓地へ送ります。《フェアリー・クイーン》の能力で1枚引きます」

 相手ターンにも出せる《盗賊》だけど、今プレイして良い。とにかく、コストが許す限りユニットを展開する。多分、次のターンが分水嶺になる。そのために、必要なカードを集めるんだ。

「コスト2《フェアリーのスパイ》をプレイ」

「対応でコスト2《術式解体》をプレイ。手札1枚を追加コストに《スパイ》を無効にしますぞ」

 更に畳み掛けたけど、ここで《術式解体》。追加コストは見えている《大乱気流》ではなく《聖なる光》。多分、手札はそんなに強くない。もし《最も冴えた再利用》が引けていればここは通すかそっちを撃っただろうから、多分2枚目の《再利用》はまだデッキの中だ。

「コスト1《フェアリーの斥候》をプレイ」

「通りますぞ」

「《斥候》登場時、そちらのデッキトップを墓地に送ります。そして《フェアリー・クイーン》の能力で1枚引きます」

 更にフェアリーを追加した。必要なカードは引けたが、後は次の相手のターン次第かな。《再利用》も落ちないし。

「《フェアリー・クイーン》で攻撃します」

「通りますぞ」

「これでターンエンドです」

 最後は忘れず、リーダーで殴ってターンを返す。恐らくゲームへの影響はほぼないが、万が一を考えると殴らない選択肢はない。デッキは残り16枚。

「ではターンを貰いまして……ドロー」

 お兄ちゃんの8ターン目。《意図せぬ暴走》の疑似ハンデスコンボが出来るターンだけど、仮に揃っていてもやらないだろう。私のデッキはスペルが多いし、コストを使い切ったら返しの《再誕するフェアリー》でゲームが終わる。

「コスト4《大乱気流》をプレイ。《フェアリー・クイーン》と《フェアリーの妨害工作員》を手札に戻して1枚引きますぞ」

「通ります」

 見えていた《大乱気流》がプレイされる。リーダーはバウンスで手札に戻る場合も通常の除去と同じように働くので、かなり強い一手―――なんだけど、ここでプレイしたのが気になる。デッキも削れるし、コストも重いから、積極的に撃ちたいカードじゃないはずだし。多分、無効化スペルが手札になくて、仕方なくプレイしたって感じがする。

「ターンエンドですぞ」

「ターン貰います。ドロー」

 私の8ターン目。お兄ちゃんのデッキは残り14枚。コストは残り4。仕掛けるなら、このターンだ。

「コスト4《再誕するフェアリー》をプレイ」

 私はエンドカード―――ゲームを決定付けるカードである《再誕するフェアリー》をプレイした。私の墓地はフェアリーが沢山いる。これらが一斉に場に戻れば、私の勝ちは確定だ。

「対応でコスト3《最も冴えた再利用》をプレイ」

 しかし、お兄ちゃんはそれを無効にしてくる。しかも、一番厄介な《再利用》だ。引かれてしまったか……。

「追加コストで墓地のカードをデッキに戻して、《再誕するフェアリー》を無効にしますぞ」

 こちらのエンドカードが消えた上で、デッキ枚数も19枚まで回復された。《再利用》の1枚目もデッキに戻ったので、このままだと負けてしまう。

「解決後、コスト4《再誕するフェアリー》をプレイ」

「……!」

 でも、それくらいは織り込み済みだ。マストカウンターは連打するに限る。お兄ちゃんのコストは残り1。あのデッキでこれを無効にするスペルはコスト2以上だから、これは通すしかないはずだ。

「……通りますぞ」

「墓地からコスト2以下のフェアリーが場に戻ります。《フェアリーの斥候》が2体、《フェアリーの盗賊》が1体、《フェアリーのスパイ》が2体」

 場に戻るのは5体のフェアリー。元々場にいた《斥候》と《盗賊》含めて、合計7体のフェアリーが揃った。

「《スパイ》登場時の能力で、フェアリーの数×2枚、合計14枚のカードをデッキトップから墓地へ。更に《斥候》登場時の能力で合計2枚、《盗賊》登場時に2枚、全て合わせて18枚のカードを墓地へ送ります」

 お兄ちゃんのデッキは残り19枚。これで残るデッキは1枚になる。……《最も冴えた再利用》の追加コストでカードを戻すとデッキがシャッフルされるから、もう1枚の《最も冴えた再利用》がどこにあるは分からない。もしも一番下にあるのなら、適当なカードを無効にしつつデッキ修復をループさせることでお兄ちゃんの勝ちが濃厚になる。けれど上18枚にあれば、その時点で修復手段がなくなって私の勝ちが決まる。《再利用》はデッキ修復のために採用されているし、単体では取り回しが悪いから、3枚目はまずない。ここで落とす18枚に《再利用》があるかどうかで、このゲームの勝敗が決まる。単純計算で9割以上は勝てる賭けだ。けれど同時に、1割未満の確率で負ける賭けでもある。どんなにミスを減らそうとも、9割で勝てる選択肢を選ぼうとも、残りの1割の裏目を踏めば負ける。それがTCGだ。

「では……」

 そう言って、お兄ちゃんがデッキのカードを墓地へ送っていく。これがゲームを決定付けることを理解しているのだろう。1枚1枚、丁寧にめくっていく。ここで《再利用》が落ちてくれれば、私は勝てる。頼むから、落ちて……!

「「……あ」」

 声が出たのは同時だった。私の祈りが通じたのか、14枚目で《最も冴えた再利用》がめくれた。これで、お兄ちゃんにデッキ修復の手段はなくなった。私の勝利が確定した瞬間だった。

「……彩芽氏、強くなりましたな」

「お兄ちゃん……」

 お兄ちゃんの言葉に、私はいつものように呼び掛けてしまう。……大会での対戦中は家族のような馴れ馴れしい言動は慎むこと。二人でそういう風に取り決めていたのに、思わずそれを忘れてしまった。それくらい、お兄ちゃんの声には強い気持ちが乗っていたのだ。

「これは我の負けですな。投了しますぞ」

 そう言って、お兄ちゃんはデッキを片づけ始めた。……私、お兄ちゃんに勝てたんだ。大会で、しかもチャンピオンシップという大きな大会で、初めて。

「……っ!」

 これは、一つの区切りだと思った。私のウラノス人生は、お兄ちゃんに依存した、お兄ちゃんに頼り切りのものだった。不憫な妹のために遊び場を作ってくれる兄の優しさに甘え切った、一方的な関係だった。兄妹なんだから、本当はそれでもいいのかもしれない。……でも、いつまでもそんなままではいられない。私は自立しないといけない。ちょっとずつでも自立して、今までの分を返すように、お兄ちゃんを支えられるくらい強いプレイヤーにならないといけない。今日、お兄ちゃんに勝てたことで、その一歩を踏み出せたような気がした。勿論、今回はかなり運に恵まれていたけど、運さえあれば勝てる程度には追い付けたんだ。

「……対戦、ありがとう、ごさいました」

 私はデッキを片づけることすら出来ず、湧き上がる気持ちを抑えながらも、何とかその言葉を口にした。……お兄ちゃんから教わった、TCGで一番大切なこと。対戦相手へ礼を尽くすこと。そのための挨拶を。

「こちらこそ、ありがとうごさいましたですぞ。……次も、頑張って欲しいですぞ」

 デッキを片づけたお兄ちゃんは、そう言って席を立った。……私、頑張ろう。この大会は勿論だけど、それ以外のことも。郁夫君との関係についても、私なりに結論を出そう。いつまでも、お兄ちゃんの後ろをついて行くだけの、幼い子供のままではいられないんだから。



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【完結】クラスのギャルがTCGプレイヤーだったので、紙友になった マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ) @maomtg

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