第26話
大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
誰もが水晶玉に映し出された、衝撃の真実に言葉を失っている。
百年に渡る、アルマンド公爵家の裏切り。
その紛れもない証拠を前に、アルマンド公爵は、ただ震えることしかできなかった。
「……アルマンド公爵」
国王陛下の静かだが、怒りに満ちた声が響いた。
「申し開くことは、あるか」
「ひっ……! ち、違います、陛下! これは、ヴァレリウスと、あの女が仕組んだ幻です! 私を陥れるための罠でございます!」
往生際の悪い公爵の叫び。
しかし、その言葉を信じる者は、もう誰もいなかった。
「衛兵! この大逆人を捕らえよ!」
国王陛下の勅命が下る。
屈強な衛兵たちが、公爵の両腕を掴んだ。
その時だった。
「……愚かな。まだ、足掻くか」
ヴァレリウス様が小さく呟いた。
アルマンド公爵が懐から一つの、禍々しい輝きを放つ黒い石を取り出したのだ。
それは『賢者の目』から与えられた、最後の切り札だったのだろう。
「おのれ、おのれぇぇぇ! こうなれば、道連れだ!」
公爵が石を握り潰すと、彼の体からどす黒い呪いの気が噴き出した。
彼の体がみるみるうちに、異形の怪物へと変貌していく。
「きゃあああ!」
貴族たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
大広間は一瞬で混乱に陥った。
しかし、ヴァレリウス様は少しも動じなかった。
彼は私の前にすっと立ち、怪物と化した公爵を冷たい瞳で見据える。
「……アネリーゼ。下がっていろ」
「で、でも……!」
「君を危険な目に遭わせるわけにはいかない。これは、私の仕事だ」
彼はそう言うと、片手をすっと掲げた。
その指先から金色の光の鎖が何本も放たれる。
光の鎖は生きているかのように、暴れ狂う怪物を瞬く間に捕らえ、その動きを封じ込めた。
「ぐおおおお!」
怪物が苦しげに呻く。
ヴァレリウス様の力は、あまりにも圧倒的だった。
「……罪を償う時間だ」
彼は冷ややかにそう告げると、呪いを浄化する聖なる光を放った。
眩い光が、怪物の体を包み込む。
断末魔の叫び声と共に、怪物の体は霧のように消え去り、そこには気を失ったアルマンド公爵の哀れな姿だけが残されていた。
あまりにも鮮やかな決着。
ヴァレリウス様は、何事もなかったかのように私の元へ戻ってくると、私の頭を優しく撫でた。
「……これで、全て終わった」
その言葉通り、百年に渡る陰謀は完全に幕を閉じた。
『賢者の目』に繋がる他の貴族たちも次々と捕らえられ、王国の闇は一掃された。
そして、私の本当の身分……アルテア王国の最後の王女であるという事実も、国王陛下の知るところとなった。
数日後。
私はヴァレリウス様と共に、再び国王陛下の前にいた。
謁見の間には、もうあの張り詰めた空気はない。
「アネリーゼ嬢。いや、アルテアの王女殿」
国王陛下は優しい眼差しで、私に語りかけた。
「君のその気高い力と勇気には、心から感謝する。君はこの国を救ってくれた英雄だ」
「ついては、君に一つの提案がある。我が国の全面的な支援の元、君の祖国アルテア王国を再興するというのはどうだろうか。君こそが、その正当なる女王となるのだ」
あまりにも壮大な提案。
女王。
その言葉に、私の心は少しも揺れなかった。
私はゆっくりと、首を横に振った。
「陛下。そのお言葉、身に余る光栄です。ですが、私には女王の器はございません」
「私の居場所は、もう決まっておりますので」
私はそう言って、隣に立つヴァレリウス様の顔を見上げた。
彼は驚いたように、私を見つめている。
「私の幸せは、玉座の上にあるのではありません。私のこの、忌まわしいと思っていた力を信じ、必要だと言ってくれた、この方の隣にいることです」
私の真っ直ぐな告白。
ヴァレリウス様の紫色の瞳が大きく見開かれ、そしてその美しい顔がほんのりと赤く染まった。
国王陛下は私たちの様子を見て、全てを察したようだった。
彼は楽しそうに声を上げて笑った。
「……そうか。ならば仕方あるまい。ヴァレリウスよ、お前は国宝級の至宝を手に入れたな。決して手放すでないぞ」
「……御意」
ヴァレリウス様が短く答える。
その声は少しだけ、上ずっていた。
全てが終わり、私たちは補佐官室へと戻ってきた。
部屋には二人きり。
少しだけ、気まずい空気が流れる。
その空気を破ったのは、ヴァレリウス様だった。
「……アネリーゼ」
彼は私の前に跪くと、私の手を取った。
そして、あの夜のように、その甲に深く敬虔な口づけを落とす。
「君は、私の全てだ。私の光であり、私の未来だ」
彼はそう言うと、懐から小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、月の雫の宝石が輝く、美しい指輪だった。
「アネリーゼ。私と結婚してほしい」
「君を私の妻として、生涯この手で守り、愛し抜くことを誓う」
世界で一番、甘くて力強い言葉。
私の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
でも、それは今までで一番幸せな涙だった。
私は涙で濡れた笑顔で、力強く頷いた。
「はい……! 喜んで……!」
彼は私の指に優しく指輪をはめてくれる。
そして、私を力強く抱きしめた。
彼の腕の中で、私は確信する。
私のこの力は、呪いなんかじゃなかった。
この、かけがえのない愛と幸せを掴むための、翼だったのだと。
追放された令嬢は、今、王国で最も高位の術師の腕の中で、最高の幸せを手に入れた。
二人の物語は、まだ始まったばかり。
きっとこの先も、たくさんの出来事が二人を待ち受けているだろう。
でも、もう何も怖くない。
この愛がある限り。
追放令嬢の『曰くつき』鑑定録~ハズレスキルだと思ったら、冷徹な宮廷魔術師様に「君の力が必要だ」と溺愛されています~ ☆ほしい @patvessel
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