第25話
王宮の大広間は、眩いほどの光と熱気に包まれていた。
天井のシャンデリアが宝石のように輝き、楽団が奏でる華やかなワルツが響き渡る。
着飾った貴族たちがあちらこちらで楽しげに談笑している。
その華やかな空間に、私とヴァレリウス様が足を踏み入れた瞬間。
全ての音が止まったかのように、その場の全ての視線が、私たち二人に注がれた。
無理もない。
普段は決して社交の場に姿を現さない宮廷魔術師長が、見たこともない美しい令嬢をエスコートしているのだから。
私のロイヤルブルーのドレスと『星の涙』の髪飾りは、他のどの貴婦人よりも圧倒的な輝きを放っていた。
「あれは、誰だ……?」
「ヴァレリウス卿のお相手か……?」
ひそひそと交わされる囁き声が聞こえてくる。
以前の私なら、その視線に耐えきれず、俯いてしまっていただろう。
でも、今は違う。
「前を向け、アネリーゼ。君は今宵の女王なのだから」
ヴァレリウス様が、私の耳元で低く囁いた。
その声に後押しされ、私は胸を張り、毅然と前を見据えた。
私たちの登場に、最も驚いていたのは、アルマンド公爵だった。
彼は謹慎中の身でありながら、何食わぬ顔でこの舞踏会に出席していた。
私たちの姿を認めた彼の顔が、一瞬憎悪に歪む。
そして、もう一人。
アウグスト殿下も、面白そうな表情で私たちを見つめていた。
「やあ、ヴァレリウス。そして、アネリーゼ嬢。今夜は一段と美しいな。まるで夜空から舞い降りた女神のようだ」
彼が優雅に近づいてくる。
しかし、ヴァレリウス様は私を自分の後ろに庇うように立ち、冷たい一瞥をくれるだけだった。
「殿下。彼女は、私のパートナーです。戯れに声をかけるのは、おやめいただきたい」
その、あからさまな敵意に、アウグスト殿下は楽しそうに肩をすくめた。
やがて、ワルツの一曲目が始まる。
ヴァレリウス様は、私をダンスの輪の中へと導いた。
「……作戦を開始する」
彼の腕に抱かれ、踊りながら、私たちは最後の打ち合わせをする。
私たちの狙いは、アルマンド公爵が身につけている一つの指輪。
それは、アルマンド家に代々伝わる当主の証。
百年前、裏切り者ヴェラン公爵が、当時の宮廷魔術師長から受け取った、あの黒蛇の指輪と同じもののはずだ。
その指輪に触れ、公爵家の罪の記憶を読み取る。
それが、私の役目だった。
ダンスが終わり、私たちは国王陛下の元へと挨拶に向かった。
アルマンド公爵も、陛下のすぐそばに控えている。
絶好の機会だった。
「陛下。今宵はお招きいただき、光栄の至りに存じます」
ヴァレリウス様が恭しく頭を垂れる。
私もそれに倣った。
そして、私が顔を上げた、その瞬間。
私は、わざとよろめいてみせた。
「きゃっ……!」
計算通り、私の体はアルマンド公爵の方へと倒れ込む。
そして、その混乱の一瞬。
私の指先が、彼の左手にはめられた黒蛇の指輪に、確かに触れた。
――流れ込んでくる、ビジョン。
百年に渡る、アルマンド公爵家の罪の歴史。
アルテア王国を裏切り、手に入れた富と権力。
『賢者の目』との黒い繋がり。
そして、現在のアルマンド公爵が、ヴァレリウス様を失脚させるために、様々な陰謀を巡らせている記憶。
全ての証拠が、揃った。
「……っ!」
私は、公爵から体を離し、よろめきながら後ずさる。
その私の異変に、ヴァレリウス様がすぐに気づいた。
「アネリーゼ、大丈夫か」
「……視えました。ヴァレリウス様」
私は、彼にだけ聞こえるように、そう告げた。
作戦は成功だ。
しかし、アルマンド公爵は、ただでは転ばなかった。
彼は、私が何かを掴んだことを察知したのだろう。
彼は突然、大声で叫んだ。
「こ、この女! 私の指輪を盗もうとしたぞ!」
その卑劣な言いがかり。
大広間が一瞬で騒然となる。
「何、だと……?」
国王陛下が眉をひそめた。
アルマンド公爵は、ここぞとばかりに続ける。
「この女は、ヴァレリウス卿に唆され、我がアルマンド家の名誉を傷つけようと企んでいるのです! この女こそが、国を乱す悪女に違いありません!」
絶体絶命の状況。
誰もが私を疑いの目で見ている。
しかし、私はもう怯えなかった。
なぜなら、全て計画通りだったからだ。
「……面白い余興だな。アルマンド公爵」
ヴァレリウス様が、冷たく言い放った。
そして、彼は大広間の壁に飾られていた、巨大な装飾用の水晶玉を指差した。
「ならば、ここで真実を明らかにしようではないか」
彼が指を鳴らすと、その水晶玉が眩い光を放ち始めた。
そして、その表面に一つの映像が映し出される。
それは、私が今しがた指輪から読み取った、アルマンド公爵家の罪の記憶だった。
私の進化した能力は、ただ過去を視るだけではない。
視た記憶を、他者に共有する力をも、目覚めさせていたのだ。
水晶玉に映し出される、衝撃の真実。
アルテア王国、滅亡の裏側。
『賢者の目』との密約。
そして、現在の公爵の卑劣な陰謀。
その場にいた全ての貴族たちが、息を呑み、その光景を見つめている。
アルマンド公爵は顔面蒼白になり、腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
「……これが、真実だ」
ヴァレリウス様の静かな、しかし力強い声が、大広間に響き渡った。
「アルマンド公爵。いや、裏切り者ヴェランの末裔よ。貴様の罪は、全て暴かれた。もはや、言い逃れはできんぞ」
百年の時を超えた陰謀が、白日の下に晒された瞬間だった。
私の力が、ついに歴史の真実を取り戻したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます