第24話

謁見の間にいる全ての人間が私に注目していた。

国王陛下の厳しい視線。

アルマンド公爵の嘲りに満ちた視線。

誰もが私が恐怖に震え、泣き出すのを待っているかのようだった。

でも、私は震えなかった。

隣に立つヴァレリウス様の存在が、私に勇気をくれるから。

彼が私を信じてくれている。

ただその事実だけで、私は何よりも強くなれた。

私はゆっくりと顔を上げ、国王陛下を真っ直ぐに見つめた。

「恐れながら、陛下。申し上げます」

凛とした自分の声が謁見の間に響き渡る。

その予想外の私の態度に、その場にいた誰もが息を呑んだ。

「ヴァレリウス様は陛下の、そしてこの国のことを誰よりも深く想っておられます。彼が独断で動かれたのは、それだけ事態が切迫していたからに他なりません」

「ほう。ではその切迫した事態とやらを申してみよ」

国王陛下が面白そうに目を細めた。

私はここでアルマンド公爵の裏切りを告発するつもりはなかった。

そんなことをすれば証拠不十分で一蹴されるだけだ。

私が狙うのは、もっと確実な一点。

「私、アネリーゼはヴァレリウス様のご指導の元、古代史の研究をしておりました。その過程で、我が国の歴史記録に一つの重大な矛盾点を発見したのです」

「矛盾点だと?」

「はい。百年前、アルテア王国が滅びた後、南方のセディア州から我が国に献上された貢物についての記録です」

「公式の記録では、それは金百枚となっております。しかし私が発見した古い文献によれば、本当に献上されたのは『太陽の石』と呼ばれる伝説の魔道具だったと」

私の言葉に、アルマンド公爵の顔色が変わった。

国王陛下もその眉をぴくりと動かす。

「『太陽の石』……。確かセディア州に代々伝わる豊穣をもたらす秘宝か。それはとうの昔に失われたと聞いていたが」

「その失われたはずの秘宝が、当時セディア州の統治を任されていたある貴族の手に渡り、今もその家の宝物庫に秘蔵されているとしたら、いかがでしょう」

私はそこで言葉を切り、アルマンド公爵の目を真っ直ぐに見た。

セディア州を当時治めていたのは、アルマンド公爵の前身であるヴェラン公爵家だったことを、私は『星の心臓』の記憶で知っている。

「……面白い。実に面白い仮説だ」

国王陛下が玉座から身を乗り出した。

「アルマンド公爵。貴様の家のことだな。何か申し開くことはあるか」

「め、滅相もございません、陛下! そのような事実、断じてありませぬ! この小娘の根も葉もない妄言にございます!」

アルマンド公爵が狼狽しながら叫ぶ。

その慌てぶりが何よりの証拠だった。

ここでヴァレリウス様が冷ややかに口を挟んだ。

「陛下。私の助手の分析能力は、これまでの数々の事件でその正確性が証明されております。彼女の指摘が真実か否か。アルマンド公爵家の宝物庫と古い帳簿を調査すれば、自ずと明らかになることかと」

「もし何も出てこなければ、我々が陛下をお騒がせした罪を受けましょう。しかし、もし……」

彼の論理的で有無を言わせぬ提案。

国王陛下は満足そうに頷いた。

「よかろう! ただちに調査官を派遣せよ! アルマンド公爵家の全ての記録を徹底的に洗うのだ!」

国王陛下の勅命が下った。

アルマンド公爵は顔面蒼白になり、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えていた。

形勢は完全に逆転したのだ。

調査は国王陛下の絶対的な権限の元、迅速に進められた。

そして、その日のうちに結果は出た。

アルマンド公爵家の古い隠し金庫から、眩い太陽の輝きを放つ『太陽の石』が発見されたのだ。

同時に、その入手経路を記した裏帳簿まで見つかった。

アルマンド公爵はひとまず国宝の横領の罪で、爵位の一時停止と謹慎を命じられた。

まだ百年前の大逆罪までたどり着いたわけではないけれど、彼の権威と信用は地に落ちた。

これは私たちにとって、大きな大きな勝利だった。

その夜。

補佐官室に戻った私は、緊張の糸が切れたように椅子に深く座り込んだ。

体がまだ小刻みに震えている。

そんな私の肩を、大きな温かい手がそっと包み込んだ。

いつの間にかヴァレリウス様が私の後ろに立っていた。

「……君は素晴らしかった」

彼の囁くような声が、私の耳元で響く。

「あの絶体絶命の状況で、王国で最も権力のある男たちを相手に一歩も引かず、そして見事に彼らの罠を打ち破った」

「君はもはや私の宝物というだけではない。……アネリーゼ、君は女王の器だ」

その最大級の賛辞に私の頬が熱くなる。

彼は私の震える体を優しく抱きしめた。

その温かい胸の中で、私はようやく安堵の息を吐くことができた。

「だが」と、彼は続けた。

「今回の件で、敵は君の存在を明確に脅威として認識しただろう。これからは今まで以上に危険が君の身に迫るやもしれない」

その言葉通り、私たちの戦いはこれからさらに激しくなるのだろう。

でも、もう怖くはない。

ヴァレリウス様はそっと私から体を離すと、私の前に跪いた。

そして私の右手を取り、その甲に深く敬虔な口づけを落とす。

「きゃっ……!?」

「アネリーゼ。アルテアの正当なる後継者よ。このヴァレリウス、我が命と魔力の全てを君に捧げることをここに誓おう」

「私が君の勝利への道を切り拓く。君の敵を打ち砕き、君の栄光を取り戻すための礎となろう」

それはもはやただの主従の誓いではなかった。

一人の騎士が自らの女王に捧げる絶対の忠誠。

そして、一人の男が愛する女に捧げる永遠の愛の誓い。

そのあまりにも力強く、そして甘い誓いの言葉に、私は何も言えなくなり、ただ彼の美しい紫色の瞳を見つめ返すことしかできなかった。

私たちの運命が、また一つ大きく動き出した瞬間だった。

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