第23話

『賢者の目』。

その不気味な秘密結社の存在が明らかになり、私たちは改めて事の重大さを認識していた。

アルテア王国を滅亡に追い込んだその元凶が、今もこの国に潜んでいるかもしれないのだ。

「百年前の宮廷魔術師長が関わっていたということは、この組織のやり方は極めて巧妙で狡猾だ。決して表には尻尾を出さないだろう」

「そして、裏切り者であるヴェラン公爵の一族がどうなったか。それを突き止めるのが先決だな」

ヴァレリウス様は冷静に状況を分析する。

私は彼の言葉に頷くと、再び記憶の図書館の星図に意識を集中させた。

今度は『ヴェラン公爵』という名前を強く念じる。

すると、星図の中のまた別の一角が赤黒い不気味な光を放った。

私はその水晶を手に取る。

そして再びその記憶の中へとダイブした。

――視えたのは、アルテア王国が滅亡した後の光景だった。

ヴェラン公爵は『賢者の目』との約束通り、その功績を認められ我が国に亡命した。

彼は名前と身分を変え、新たに『アルマンド公爵』という爵位を与えられていた。

そして莫大な富と領地を手に入れ、何不自由ない暮らしを送っている。

アルマンド公爵。

その名前に私ははっとした。

聞き覚えがある。

そうだ。

私たちが最初に関わった『紅涙の首飾り』の事件。

あの時、犯人だった侍女リアーナが仕えていたのがアルマンド公爵夫人ではなかったか。

そして、そのアルマンド公爵夫人が主催したお茶会に私たちは潜入したのだ。

ビジョンはさらに続く。

アルマンド公爵家は代々その権力と富を受け継ぎ、今やこの国でも指折りの有力貴族として君臨している。

そして、その現在の当主こそがあのお茶会で会ったアルマンド公爵、その人だった。

「……っ!」

私は水晶から手を離した。

全身から血の気が引いていく。

「どうした、アネリーゼ。何を視た」

「ヴァレリウス様……。裏切り者、ヴェラン公爵の末裔は……。現在のアルマンド公爵です……!」

私の言葉に、ヴァレリウス様の瞳が鋭く光った。

「……そうか。やはりあの男か。道理で妙に私の動きを探っていたわけだ」

全ての点が線で繋がった。

アルマンド公爵はただのヴァレリウス様の政敵ではなかった。

彼こそが『賢者の目』と繋がる百年前の大罪人の末裔だったのだ。

「だが、厄介なことになったな。アルマンド公爵は王妃陛下の覚えもめでたい大貴族だ。この記憶の水晶だけでは、彼を告発する証拠としては弱い」

「下手に動けば、逆にこちらが国家転覆を企む反逆者として断罪されかねない」

私たちはとんでもない真実を掴んでしまった。

でも、それを公にすることができない。

なんというもどかしさ。

「……一度ここを出よう。これ以上の情報を集めても今は打つ手がない。まずは戦略を練り直す必要がある」

ヴァレリウス様の判断は的確だった。

私たちは後ろ髪を引かれる思いで『星の心臓』を後にした。

噴水の下の入り口を再び巧妙に隠し、何事もなかったかのように王宮への帰路につく。

しかし。

私たちが王宮の執務室に戻ると、そこには一人の近衛兵が待ち構えていた。

「ヴァレリウス宮廷魔術師長、並びにアネリーゼ補佐官。国王陛下が御前での拝謁をお望みです。至急、謁見の間に参られるようにとの勅命です」

国王陛下からの呼び出し。

最悪のタイミングだった。

「……どうやら先手を打たれたようだな」

ヴァレリウス様が苦々しく呟く。

おそらくアルマンド公爵が私たちの動きを察知し、悪し様に陛下に吹き込んだのだろう。

謁見の間は張り詰めた空気に満ちていた。

玉座に座る威厳に満ちた国王陛下。

その脇には宰相閣下と、そして……勝ち誇ったような笑みを浮かべるアルマンド公爵の姿があった。

私たちは陛下の前に進み出て、深く頭を垂れる。

「面を上げよ、ヴァレリウス」

国王陛下の重々しい声が響いた。

「聞くところによると貴様、我が許可なく禁足地である王家の谷に足を踏み入れたそうだな。そればかりか、王都の地下に広がる古代遺跡の調査まで独断で行っていたと。……これは一体どういうことか。説明してもらおうか」

その厳しい追及の言葉。

隣でアルマンド公爵がにやりと笑うのが見えた。

彼はヴァレリウス様が自らの野心のために国家の禁忌を犯したと陛下に讒言したのだ。

絶体絶命のピンチ。

ヴァレリウス様はしかし、少しも動じることなく冷静に答える。

「全ては我が国の安全保障を脅かす重大な脅威を排除するための調査の一環です。陛下にご報告する前に、確たる証拠を掴む必要がありました」

「証拠だと? その証拠とやらはどこにある」

アルマンド公爵が嘲るように言った。

ヴァレリウス様がぐっと言葉に詰まる。

『星の心臓』で視たビジョンは、今の段階では証拠にはなり得ない。

追い詰められた私たち。

全ての視線がヴァレリウス様に注がれる中、国王陛下はふとその視線を私に向けた。

「……そして、そこの娘」

その威厳に満ちた声に私の心臓が凍りつく。

「宮廷魔術師長の新しい愛玩物だと噂の小娘よ。……貴様はどうなのだ。この大逆の企てにどう関わっている」

アルマンド公爵の讒言は私にまで及んでいた。

私を、ヴァレリウス様を唆した悪女に仕立て上げるつもりなのだ。

誰もが私を怯えるだけの無力な少女だと思っている。

だが、私はもう昔の私ではない。

この人の隣に立つと決めたのだ。

この人を守るために。

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