エピローグ

 世界は終わり、そして再び幕を開けた。

 死は再生へと転じ、闇は光へと昇華する。

 死を抱きしめたその男は、死を愛し、死に愛された。


 徳義は滅び、律衡も力を失い深い眠りに沈んだ。

 死を喪った世界に、繁栄は訪れない。

 ただ、永遠だけが、虚ろに踊り続けている。


 やがて、灰の中から声が響いた。

 それは嘆きでも、祈りでもない。

 ただ世界を見下ろす、無慈悲な観測者の息遣いだった。


 記憶は朽ち、名は失われる。

 それでも―――彼は歩き出す。

 その荒野で、死と共に永遠の渦を超えて。


 やがて、世界はまた終わるだろう。

 幾千の命と、幾億の祈りを抱えて。

 だが彼だけは知っている。

 終わりなど、決して訪れはしないということを。







 ヴェルグレドという男がいた。

 最悪の死霊術師ネクロマンサー—――世界を殺し、世界を蘇らせた、男が…


 死を抱き、荒野に立つ。

 そこには、最愛の影があった。


「あなたが母さんだったなら、言ってくれればよかったのに。」


『正確には、違う。——――でもいい。』


 少年は、初めから死を愛していた。

 ただ、冷たい骸を愛でるだけだったのは、やがて、死そのものを求め、そして、愛されるようになった。


 欠けた月の下、二人は荒野で永遠を過ごす。


 死と溶け、

 死と混ざり、

 死と同化する。


 死を己に封じたヴェルグレドは、世界から死を―――奪い去った。


『包んで』


 ヴェルグレドは、包んだ。

 死を、己で。


 終わりのない終わりを望んでいたのは―――彼女もまた、同じだった。




 やがて世界は、死を忘れた。

 血が流れても命は途絶えず、刃を交えても痛みさえ残らない。

 腐敗は止まり、嘆きは消え、ただ虚ろな永遠だけが残った。


 死のない世界は、静かに狂い始める。

 永遠を授かった者たちは、恐怖を知った。

 終わりを持たぬ日々に、意味を見失い、ただ空を仰ぐしかなかった。


「神は死んだ。」


 誰かがそう言った。


「それは違う。」


 ある男が反論した。黒髪の、聡明そうな青年だ。


「神は、ここにいる。」


 その男が指し示すのは、白く儚い少女。

 その少女は、次々に争いを止め、人々に救いを齎した。


 人々は、その少女こそが、真の神だと信じ、崇めた。

 黒髪の男と白い少女は世界をまとめ上げ、太平を為した。


 死を喪った世界にも、救いはあるのだと、人々は希望を持った。



 そして、時は流れた。


 死を失った世界は、ゆっくりと技術を得ていった。

 光を操り、星を渡り、天を穿ち、大地を削り、永遠に近づこうとした。


 飢えはなく、争いは薄れ、痛みはとうに忘れられた。

 けれど、人々の心は、とうとう満たされなかった。


 永遠に続く生の果てで、終わりを求める声が芽吹く。


「もういい」と。

「もう、疲れた」と。


 死を知らぬはずの人々が、断絶の術を求めた。

 その声はやがて、鋼と光で満たされた都市を、静かに腐らせていく。


 永遠に踊るはずだった繁栄は、少しずつ、静かに、砂のように崩れていった。


 星を駆けた文明は衰退し、声なき都市は沈黙に覆われる。

 



 

 ———ただ、世界の底で、死を抱きし者だけが、目を閉じたまま風を聴いていた。


―完―

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最悪のネクロマンサーですが、本人は善人のつもりです。 妥当性 @properness

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