第13話 終幕を下すのは誰

 時が完全に止まり、上下が反転した世界。そこに、二人の話し声があった。


『めっずらしー、ファレンシアちゃんが出てくるなんて。』


『アビス、あなたは帰りなさい。この事案は私が対処する。』


『やだねー!』


 一人は、蝋が溶けかかったようなドロドロの眼球を持つ異形。もう一方は天秤を手に持った左右で目の色が違っている異形。

 どちらも、複数の魔物を継ぎはぎしたような見た目をしている。


『しっかし、シラーちゃん、脱落かぁ。ちょっと残念。』


『妥当だ。彼女は横暴な振る舞いが目立っていた。』


『それで、ファレンシアちゃん。こいつら、どうすんの?』


 アビスと呼ばれた異形が細長い腕でつんつんと固まっているヴェルグレドをつついた。


『殺す。』


『だよねー。』


『死神はもともとイレギュラーだ。この機会を待っていた。』


 天秤を持った異形は忌々しげに身を震わせた。


『アビス、権能を解除しろ。』


 蝋のような異形はその眼をにんまりと歪めた。


『やっだねー!!』


 その瞬間、世界が震えた。反転した世界が、軋み、歪んでいく。


『貴様…っ!』


『死神の権能は私が回収するよ。』


 そう言ってアビスがヴェルグレドに手を伸ばす。

 すると、ヴェルグレドから黒い靄が漏れ出てくる。その靄は、ヴェルグレドを守るかのように包み込み、そして取り込んだ。


『やっほーミルラちゃん。ごめんだけど権能ちょうだーい。』


 そう言ってアビスが黒い靄に向かって視線を向ける。その眼は紫に輝き、異様な禍々しさを放っていた。


 一方黒い異形と化したヴェルグレドは嫌そうに身をよじり、逃げ出そうとした。


『逃がさないよー。』


 アビスは瞬時に黒い異形の前に移動し、その動きを制止する。


『や、やめろ。』


『え、しゃべれるんだー。ミルラちゃん。』


『邪魔を、するなぁぁぁぁあああ!!!』


 黒い靄は一気に広がり、世界を包み込む。

 死が、万物を優しく抱擁する。人間、魔族、草木、魔物、石すらも。


 靄が晴れると、そこは荒野となり果てていた。何もない。空すら靄が覆い隠していて、まるで星のない夜空のようだ。月は黒い靄に包まれ欠けてしまっていた。


『…………やってくれたな。』


 今まで沈黙していたファレンシアが重々しく口を開く。

 その天秤は、今や大きく黒に傾いていた。世界がぐるぐると回る。


『殺す殺す殺す殺す……………。』


 その異形はぶつぶつと呟き膨れ上がっていく。


『やっば、じゃあねー。』


 アビスは早々に逃げた。時が動き出す。

 ファレンシアはどんどん膨れ上がり、黒い異形を殺さんとした。


 隕石が落ちたり、万雷が落ちたり、世界が割れたりなど、ありとあらゆる事象でファレンシアは攻撃をした。

 だが黒い異形は未だ蠢いている。


 突如、白い光が全てを照らした。

 白い、ただ白いとしか形容できないような少女が、降臨した。その腕に黒髪の青年の死体を抱いて。


『ミルラ、許さない。』


 その赤い目は、涙を流していた。

 そして、神々しい光が荒野を包み込む。神聖なその光は黒い靄を晴らし、月を満ちさせた。


『消えろ。消えろ。全部消えろ。』


 その言葉とは裏腹に、その光は世界を浄化していく。

 しばらくすると、黒い靄は完全に晴れ、異形も姿を消していた。



 そこにいたのは、茶髪の弱々しい印象を受ける青年———ヴェルグレド・ヴェルキンスであった。



「ここは、あぁ。いつものところか。」


 目を覚ますと荒野にいた。これが何度目かは忘れた。

 おかしい。体が溶けるような感覚がないし、星も出ている。うーむ。まあ、些細な違いだろう。


 そして、目の前には謎の白い少女。腕には魔王を抱えている。友達なのかな?


 あの黒い人影の人はどこにいるんだろう。そう思ってあたりを見渡す。

 うーん、いつも通りのただの荒野だ。


「君は誰かな。どこかで会ったことのあるような気もするけど。」


 白い少女は無言を貫いている。その赤い目はじっとヴェルグレドを見つめている。

 その目は怒気をはらんでいるような気もする。なにか怒らせるようなことを言っただろうか。


 改めて記憶を探ってみる。この少女、どこかで見た気が……


「………あぁ、思い出した。お茶会の時にいた、えーっと確か、オリーヴェさん、だったかな?」


『黙れ。』


「え?」


『もうこれ以上口を開くな。お前は存在すべきでなかった。』


 その瞬間ヴェルグレドの全身が消し飛んだ。塵一つ残さず。

 だが黒い靄が集まり瞬時にヴェルグレドは甦る。


 また殺す。また甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る。殺す。甦る……………


 何度繰り返しただろうか。ヴェルグレドが視界が暗くなったり明るくなったりするのに飽きたころ、オリーヴェは攻撃をやめた。


 ヴェルグレドは、死を重ねることで、“死”そのものにへと成り果てていた。もはや、生きる、死ぬなどの概念は通用しなくなったのだ。


「すごい、すごい万能感だ! 今ならなんだってできる気がする!」


 ヴェルグレドはとてつもない高揚を覚えていた。死霊術師ネクロマンサー人生の集大成が、いま為ったと、そう感じている。


「手伝ってくれてありがとう!」


 ヴェルグレドはオリーヴェに感謝した。そして自分の原点を見つめなおす。

 決意する。為すべきことを為さんと。


「今、救けるからね、母さん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る